2006年07月11日

按甲休兵

●40.按甲休兵(あんこうきゅうへい)

【意味】よろいや武器をおさめること。転じて戦争をやめることを表す。「按甲」は、よろいを下におさえること。「按」は手で上から下へとおさえる意で、「甲」はよろいの意。「休兵」は、武器を休ませるということ。

【出典】『漢書』韓信伝「当今之計,不如按甲休兵,百里之内,牛洒日至,以饗士大夫,北首燕路,然而発一乘之使,奉咫尺之書以使燕,燕必不敢不听。」から。
 韓信は張良(ちょうりょう)・蕭何(しょうか)とともに漢の三傑と呼ばれた武将。漢が趙に攻め込んだとき(この時の戦いから「背水の陣」という語が生まれました)、韓信は打ち勝ったにもかかわらず、趙の李左車(りさしゃ)を助けました。その李左車を先生と呼び、燕を倒すにはどうしたらいいか、と助言を求め、それに対する李左車が上記の部分です。
 今は武器や兵を休ませ(按甲休兵)、趙を制圧することが最善で、(戦争での遺児をいたわり、)百里四方から毎日運ばれる牛や酒でもって士大夫をもてなして、趙を固めてから、燕に向かわせるのがよい。それから燕に使いを発して、書簡を送って、自らの優位さを示せば、燕は従わざるを得ないだろう、という意味です。

※類義語
按甲寝兵(あんこうしんぺい)

 戦争は歴史をひもとけば、なかった時期を探すのが難しいほど頻繁に繰り返されています。原因はさまざまですが、今現在も世界各地で戦いは続いているのは事実です。「按甲休兵」して、真の平和が現出するのは、いつになるのか。双方が解決点を見出せないほど難しい問題を抱えているからでしょうが、少しやりきれない感じもします。
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2006年07月10日

暗香蓊勃

●39.暗香蓊勃(あんこうおうぼつ)

【意味】どこからともなく香りがさかんに漂ってくるさま。「暗香」は、どこからともなく漂ってくる花などのよい香りのことで、「蓊勃」は、物事のさかんなさまを表す(「蓊然」と同じ)。「蓊」は草木などがさかんに茂るさまを表す漢字。

※類義語
暗香浮動(あんこうふどう)

※暗香蓊勃の「勃」はこれにくさかんむりをつけた漢字で表記されることもある。

※参考
 島崎藤村の「若菜集」に「暗香」と題した詩が収められています。姉と妹が互いに和歌をやり取りする形式で書かれているのですが、最初の姉の部分に「わかきいのちの/をしければ/
やみにも春の/香(か)に酔はむ」とあるのですが、この闇にも香ってくる春のかおりというのが「暗香」です。

 熟語としては、「暗香蓊勃」よりも「暗香浮動」のほうが実は有名です。この「暗香浮動」という表現は、出典上「暗香疎影」と関係があるので、その回を参照していただければ、と思います。
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2006年07月08日

安居楽業

●38.安居楽業(あんきょらくぎょう)

【意味】自分の今ある状況を心穏やかに受け入れ、楽しんで仕事をすること。また、それぞれが職に楽しく励むということは、世が治まって生活が安定することでもあるから、善政が行われていることも指す。「安居」は、心安らかやかにのんびりと暮していること。また、安全に住める住まいのことを指す。

【出典】『漢書』第六十一巻(貨殖伝<かしょくでん>)「各各其の居に安んじて其の業を楽しみ、其の食を甘しとして其の服を美ず」から。

※類義語
安家楽業(あんからくぎょう)、安土楽業

※「居に安んじ、業を楽しむ」「安居して業を楽しむ」と書き下して読むこともある。

 「安居楽業」は漢書に出てくるように、中国では古来より理想の状態でした。中国ではありませんが、最近では、台湾で陳水扁が総統に就任したとき、その演説ですべての国民が「安居楽業」できる生活を目指すことを言いました。

 安居楽業を完全に実現するのは難しいですが、自分の置かれた状況を不平不満をいわず素直に受け止めることも時には必要なのかもしれません。

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安居危思

●37.安居危思(あんきょきし)

【意味】安全で無事な時こそ、万が一に備えて用心することが大切だ、ということ。「安居」は、心安らかやかにのんびりと暮していること。また、安全に住める住まいのことを指す。

【出典】春秋左氏伝(襄公十一年)「書曰:『居安思危。』思則有備,有備無患。」(書に曰く、安きに居(お)りて危うきを思う、と。思えば則ち、備え有り、備え有れば、患い無し)から。
 ここに出てくる「備え有れば、患(うれ)い無し」ですが、これは殷の傳説(ふえつ)という宰相のことばとされています。

※参考
 「安居」は「あんご」という読みもあります。これは仏教語で、僧侶が、陰暦四月十五日から七月十五日までの間(この期間を一夏(いちげ)という)、外出せず一室にこもって、座禅修行をすることを指します。これを「夏安居(げあんご)」「夏行(げぎょう)」ともいって、夏の季語としても使われます。反対が冬安居(とうあんご)でこれは、陰暦10月16日から翌年の正月15日までです。
 また、596年、蘇我馬子によって創建された日本最初の本格的寺院は「飛鳥寺」ですが、現在は「安居院(あんごいん)」(江戸時代創建)と称され、飛鳥大仏を本尊とする真言宗の寺院です。
  
 平穏なときは、なにも心配することもなく、とてもいいのですが、そういうときにこそなにかことが起こったときのことを考えるべきだ、という戒めの句です。

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安閑恬静

●36.安閑恬静(あんかんてんせい)

【意味】心安らかでゆったりとして、静かなこと。「安閑」も「恬静」も、心安らかで静かなことを指す。悟ったように無欲で心穏やかで静かなさまを指す。

※参考
 夏目漱石は、木瓜(ボケ)の花を評して、「安閑」としていると述べ、できることなら自分も木瓜になりたい、と記しました。それが以下の『草枕』の12章にみられる有名な一節です。
 「木瓜は面白い花である。枝は頑固であつて、曲がつたことがない。そんなら真直ぐかと云ふと、決して真直でもない。只真直な短かい枝に、真直な短かい枝がある角度で衝突して、斜に構へつつ全体が出来上がつて居る。そこへ、紅だか白だか要領を得ぬ花が安閑と咲く。評して見ると木瓜は花のうちで、愚かにして悟ったものであろう。世間には拙を守ると言う人がある。此人が来世に生まれ変わると屹度木瓜になる。余も木瓜になりたい。」
 その少し後に、「木瓜は二十年来の旧知己である。見詰めていると次第に気が遠くなっていい気持ちになる。」とあるところを見れば、木瓜に対する漱石の非常な愛着が感じられます。
 漱石は熊本の五高で教師をしていた時代、「木瓜咲くや漱石拙を守るべく」という句を編みました。これは漱石が熊本に来てから100年を記念して、現在鎌研坂(かまとぎざか)に記念碑が建てられています。

 漱石が木瓜に愛着を感じたのは、華やかさはないが、なにより「拙を守って」のんびりと咲くさまが好ましく思えたからでしょう。漱石は完璧すぎることを、また完璧だと驕ることをむしろ嫌っていました。心穏やかにのんびりと生きること、すなわち「安閑恬静」ということが漱石の生き方の目標であったといえるのではないでしょうか。

 「安閑」には、このように肯定的にとらえる用法もありますが、現在はむしろ「何もしないでのんきにしているさま」として「安閑としてはいられない」という用例があるように否定的に捉えるのが一般的です。忙しい現代社会。できれば肩の力を抜いてのんびりとした心境でいたいところですが、なかなかそうはいかないというのが現状でしょうか。

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