2006年07月16日

安心立命

●45.安心立命(あんじんりつめい)

【意味】心を安らかにして、天命に身を任せ、決して動揺したりしないさま。「安心」は、信仰によって心を安らかにすること。この意味では、「あんじん」と読む(仏教語)。「あんしん」と読めば、不安なことがなく、落ち着いた状態を表す。「立命」は、ここでは、人為によって損なうことなく、天命を全うすることで、『孟子』に由来する(→参考を参照)。「安心立命」はもとは儒教の語だったが、次第に禅宗の語としても使われるようになった。

※「あんじんりゅうみょう」(仏教語としての読み方)や「あんしんりつめい」、「あんじんりゅうめい」と読むこともある。

※類義語
安心決定(あんじんけつじょう)

※参考
 京都に立命館という大学があります。前身は中川小十郎が建てた京都法政学校ですが、名前の由来は、西園寺公望の私塾立命館によっています。この塾はわずか一年足らずで閉鎖されてしまうのですが、1905年に中川小十郎が私塾立命館の名を引き継ぎたいと申し出、そこから現在の名称になったとされています。
 「立命」とは、『孟子』の第十三巻「盡心章(じんしんしょう)・上」の冒頭に見られる表現です。「殀壽不貳、修身以俟之、所以立命也」(殀寿貳<たが>わず、身を修めて以て之を俟つは、命を立つる所以なり)に由来します。「殀寿(ようじゅ)」とは、短命と長寿のこと。短命でも長命でも、ひたすら天命に従って、ただ一筋に自らの修養に励み、天命(寿命)を待つのが、人の本分を全うする道である」と言う意味です。
 西園寺はこれに続けて「蓋し(けだし=思うに)学問の要はここに在り」と述べています。この由来によって、中国政府から立命館大学に孟子像が献上されたのは知られています。

 「安心立命」は、「安心立命として暮らす」や「安心立命を得る」という形で用いられて、心の平静を強調することが多いですが、現代のようにさまざまな場面でスピード感が求められる時代では、なかなか安心立命の境地は体感することができないのが現状ですね。たまにはゆっくりしたいな、と思ってもなにかをしないといけないという気持ちが働いてしまいます…。そういう意味では、安心立命というのはなかなか難しくものだな、と思ってしまいます。

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2006年07月15日

暗証禅師

●44.暗証禅師(あんしょうのぜんじ)

【意味】坐禅の工夫にばかり打ち込んで、教理に暗い僧のこと。禅宗の僧を他宗から非難していうことば。「暗証」とは、もともとは仏教語で、教理の理解に乏しい(坐禅ばかり重視している)こと(現在も「暗証」といえば、これが第一義である)。ここでの「証」は、「さとる、さとり」という意味。現在は、ここから転じて「本人であることを暗に証明すること」という意味でもっぱら使われる。私たちが日常使用している暗証番号とは、この後者の意味。

※参考
 逆に教理の研究ばかりするあまり実践である修行の方面を忘れているとして禅宗から他宗の僧を非難する表現が「文字法師(もんじのほうし)」です。また、経典をただ唱えているだけだという意味を込めて「誦文法師(じゅもんのほうし)」ともいいます。
 吉田兼好は、『徒然草』で、「文字の法師、暗証の禅師、たがいに測りて、己(おのれ)にしかずと思へる、共に当らず。」(一九三段)と述べていますが、ここでは、「実践こそが重要だ」「理論こそが重要だ」と互いに争って、どちらも自分より理解していないとしているが、これはどちらも的をえていないと非難しています。


 ものごとをなすには、常に「実践」か「理論」かという二つの選択肢が対立します。しかし、本当に重要なのは、どちらかを選ぶことではなく、むしろそのものごとに一歩踏み出すこと、挑戦してみようとする「強い意志」なのではないでしょうか。人は弱いもので、つい目標としたことより他のことに目がそれてしまうものですが、大切なのは内面なのだ、ということは案外往々にしてあてはまるのかもしれません。
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2006年07月14日

安車蒲輪

●43.安車蒲輪(あんしゃほりん)

【意味】老人をいたわり、手厚くもてなすこと。「安車」は、座って乗れるように作ってある古代中国の車。当時の中国の一般の車は四頭立てで、立って乗るものだったため、安車はむしろ特別のものだった。「蒲輪」は、車輪の振動を抑えるために、蒲(がま)で包んだ車輪のこと。

【出典】『漢書』(儒林伝、申公)「安車以蒲裹輪、駕駟迎申公。」(安車をして蒲をもって輪を裹<つつ>み、駟<し>に駕<が>して申公を迎う。)から。「駟」は、四頭だての馬車のこと。「駕す」は、馬車などに乗ること。この場面は、すでに八十才を越え、経験豊かな魯の国の儒者・申公を武帝が丁重に迎えた時の描写。

※参考
 「安車蒲輪」というのは、特別なものだったので、古代の中国では「天子が乗るような特別な車」を意味ものでもありました。その意味で使われているのが、以下の故事です。
 208年、魏の曹操の軍と蜀の劉備・呉の孫権連合軍が争った「赤壁の戦い」で、連合軍が勝利を収めたのですが、その勝利に貢献した魯粛(ろしゅく)に対し、君主の孫権が、魯粛の馬の鞍を支えて、彼を馬から迎え降ろし、「これであなたの功績を称えるのに十分だろうか」と聞きました。これに対し、魯粛は、「否」と答え、「私を安車蒲輪に乗せて迎えて初めて十分といえるのです」と答え、周りを苦笑させたというものです。

 日本はこれからどんどん高齢化社会をたどっていきます。文字通り「安車蒲輪」する必要がある時代がやってくるわけです。世の中は一人では生きていけないので、いろんな年代の人が手を携えて生きていく社会になっていけばいいなぁ、と思ったりします。
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2006年07月13日

晏子高節

●42.晏子高節(あんしのこうせつ)

【意味】晏嬰が臣下として君主への忠節をまっとうしたさまを指す。「晏子」とは、広義では、晏嬰とその父親晏弱(あんじゃく)を指すが、ここでは晏嬰のこと。

【出典】『晏子春秋』(雑・上)以下の故事より。
 斉の国でのこと。荘公の6年(前548年)の5月、崔杼(さいちょ)は、自ら帝位に就けた荘公が自分の妻と姦通していることに憤慨し、荘公を殺してしまいました。
 その後、崔杼は、荘公の異母弟の杵臼(しょきゅう)を立てて、景公としました。崔杼が右相になり慶封が左相になり専制政治を行い、「崔氏・慶氏にさからったものは皆死罪である」という布告まで出されたのです。これに斉で名声が高かった晏嬰も従わせようとしましたが、晏嬰は断固としてこれに従いませんでした。ただ君主に忠義を尽くし社稷(国家)に利するものにのみ従うと言って聞かなかったといいます。

 結局この崔杼は、翌年、家内でのもめごとを慶封に利用されて自殺し、またこの後宰相となった慶封も、その子・慶舎や田氏等に攻められ呉に亡命し、その後は晏嬰が景公を立てて宰相となり、斉の繁栄に貢献しました。

※類義語
晏嬰脱粟(あんえいだつぞく)
 長雨が17日続き、国民は飢餓で疲弊しているにもかかわらず、それを省みず、酒を飲み続けた景公に対し、晏嬰は、これを諌め、民に蔵米を分け与えることを請うたが、許されなかったため、ついに職を辞退し、自らの家の蔵米を人民に分配し尽しました。
 景公は、自らの非を認め、斉の粟米財貨を奉じてこれを人民に分かつことを約したという故事から。


 晏嬰は、名宰相として誉れ高く、『史記』を著した司馬遷までもが、「もし晏嬰が今生きているのであれば、自分は彼のために御者をつとめたい」と絶賛しています。
 また、沢山の故事が残されていることでも知られています。少し前に紹介した晏嬰狐裘もその一つです。これは、晏嬰の倹約ぶりを讃えたものですが、今回紹介したものは晏嬰の忠節心を讃えたものだといえます。

 晏嬰という人物がこれほど讃えられているのは、どれほど名声を得ても、決しておごることなく、国のために忠心を怠らないひたむきさがあるからだと思います。よく権力の座につくと人となりがいやがおうでも変わってしまうということが多いですが、そんな時こそ見習ってほしい故事だと思います。

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2006年07月12日

暗香疎影

●41.暗香疎影(あんこうそえい)

【意味】趣きある春の夕暮れの情景をいう。「暗香」は、どこからともなく漂ってくる花などのよい香りのことで主に梅の香りを指す。「疎影」は、光などに照らされて、まばらに映る影のこと。梅の別名でもある。よって、この語は主に梅についていうことが多い。

【出典】林逋(りんぽ:北宋の詩人)山園小梅(さんえんのしょうばい)より。
 この漢詩はとても有名で、梅を歌ったものとしては、最高傑作との評価があります。情景がよく目に浮かぶ詩で、「横斜」に対して「浮動」、「水清浅」に対して「月黄昏」など好対照の表現もうまく用いられています。なお、「暗香浮動」という四字熟語もほぼ同じ意味ですが、この漢詩から生まれました。

衆芳揺落独暄妍
 
占尽風情向小園       

疎影横斜水清浅       

暗香浮動月黄昏      

霜禽欲下先偸眼       

粉蝶如知合断魂       

幸有微吟可相狎       

不須檀板共金尊       

衆芳(しゅうほう) 揺落(ようらく)して 独り暄妍(けんけん)たり
風情を占尽して 小園に向かふ
疎影は横斜 水は清浅
暗香 浮動し 月 黄昏
霜禽(そうきん) 下りんと欲して 先ず眼を偸み
粉蝶 如し知らば 合(まさ)に魂を断つべし
幸ひに微吟の相狎(したし)むべき有り
須(もち)ひず 檀板(だんぱん)と金尊(きんそん)とを

多くの花が散りしぼんだ後、ただひとりあたたかく咲き誇っていて、
小さな庭の風情を独占している
まばらな梅の木の影は斜めにのびて 清く浅い水面に映り
ほのかな香りは漂い 月のおぼろげな光の中に映える
霜にあった白い鳥は、舞い降りようとして、(梅の白さに)まず周りをこっそり眼をむける
白い蝶は、もし白い梅花が咲いているのを知ったなら、きっと魂を奪われて驚くことだろう
幸い、私の低い吟声が梅とよく似合っている
拍子木も酒樽も今さら要らないのだ

※「衆芳」は、多くのかぐわしい花のこと。「暄妍」は、あたたかで景色が美しいこと(「暄」は、日ざしが行き届いて、ほかほかとしているさま。「妍」は、形よく整うこと)。霜禽(そうきん)は、霜にあった冬の鳥のこと。

※松尾芭蕉の句に「梅白し昨日や鶴を盗まれし」というものがあります(野ざらし紀行)。これは芭蕉が京都・鳴滝の山荘に知人の三井秋風を訪ねた時の句です。庭園の梅林の白梅は見事で、きっと鶴もいるだろうと思ったが、鶴は昨日盗まれたのか姿が見えないという意味で、生涯、梅を妻とし鶴を子として暮らした林逋になぞらえた句とされます。
 
 「暗香疎影」といえば、田能村竹田の「暗香疎影図」があります。昭和44年に国の重要文化財に指定され、現在大分市美術館に所収されています。谷間のうす暗い影の中で咲き誇る梅の様子を描いたもので、竹田の代表作のひとつとされます。

 また、南宋の院体画末期の画家だった馬麟(ばりん)もこの林逋の詩の絵画化を試みて、「暗香疎影図」を残しています。これは、台北故宮博物院に残されているといいます。

 
 四字熟語というと、固いものが多いのですが、このように風景から生まれた表現も叙情的でいいと思います。書き下し文も意味が取れていいですが、やっぱり漢詩は中国語で読めれば、もっと情感で出るんじゃないかなぁ、と思ったりします。とても難しいですが…(汗)。

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