2006年07月26日

按兵不動

●55.按兵不動(あんぺいふどう)

【意味】好機が来るのをじっと待つこと。「按兵」は、軍隊をおさえて出発させないこと。「按」は手で(上から下へと)おさえる意。「不動」は、動かないこと。兵をおさえて動かさずじっと好機が来るのを待つ意から。

【出典】『呂氏春秋』(恃君覧<第20巻>召類<第4篇>)「趙簡子按兵而不動」(趙簡子兵を按じて動かず)より。趙簡子は中国春秋時代の晋の政治家である趙鞅(ちょうおう)のこと。趙襄子(趙無恤)の父にあたる。

※類義語
按軍不動

※参考
『呂氏春秋』
 秦の呂不韋(りょふい)が食客3000人を集め、先秦における諸学説や伝説・知識を文章化させたものです。全体で26巻160篇あり、十二紀(1年12ヶ月を春夏秋冬に分け、さらにそれを孟・仲・季の三節に分けたもの)・八覧・六論の3部門で構成されています。当時のあらゆる思想が述べられていてさながら百科全書のような趣があるといわれます。出来栄えには、呂不韋も自負するところがあり、本書完成にあたっては、書を都の咸陽(かんよう)の城門にかかげて、一字でも訂正できるものがあれば、千金を与えるといったとされます。この故事から「一字千金」という語が生まれましたが、これについてはまた該当回で取り上げることにします。


 何か心が晴れないことがあると、つい理非を別にして行動しなければ、と思うものですが、そんな時は、按兵不動、じっと我慢して機が熟するのを待つことにより、事態が好転することがあるということですね。

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2006年07月25日

安分守己

●54.安分守己(あんぶんしゅき)

【意味】自らの本分をわきまえて生きること。「安分」は、自らの本分に安んじること。現在の立場や境遇に満足すること。「守己」は、自らの身を持すること。

【出典】宋・袁文『甕[片+(戸/甫)]閑評(おうゆうかんひょう/「甕」は酒や水を入れるかめ、「ゆう」は窓の意)』第八巻「彼安分守己、恬于進取者、方且以道義自居、其肯如此僥幸乎?」から。
 安分守己は「分に安んじて己を守る」と読む。

※類義語
知足安分

 安分守己は、いわば「身の程を知って」さらに、それを踏まえて生きることなので、「身の程知らず」は、正反対の語といえます。
 「身の程を知る」とは、士農工商のように厳然とした身分社会があった時代に特に意味を持った概念でした。武士とそれ以外が身分として大きく違っていた時代です。そこでの「身の程」は、いわば外からの制度による側面が強いものだったといえます。
 しかし、今は少なくともそのような区別はなくなった以上、身の程を知って、つまり安分守己に即して生きることが、個人の内面により依拠するようになったといえるかもしれません。自らを律することは義務ではない以上、自分から欲さないと実現できない概念になりました。
 また、現代は価値観が多様化し、その尺度もまた多様化したため、どれだけ自分を律すればよいのかということが分かりにくくなっているということもできます。この点で「安分守己」に即して自分らしく生きるということがだんだん難しくなってきているといえますが、またその分この語の持つ意味合いの価値も高まったということができます。

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2006年07月24日

安穏無事

●53.安穏無事(あんのんぶじ)

【意味】何ら変わったこともなく、安らかで穏やかなこと。「安穏」は、安らかで穏やかなこと。「無事」は、これといって変わったこともなく、穏やかであること。よって、この熟語は、同じような意味の熟語が組み合わされて成り立っている。

※類義語
平穏無事

※参考
 豊臣秀吉はしばしば「惣無事令(そうぶじれい)」という法令を出し、大名間での私闘を禁じましたが、ここでの「無事」は、上の安穏無事の「無事」と同じです。1585年10月に九州地方、1587年12月に関東・奥羽地方に向けて出されましたが、九州の島津氏と関東の北条氏が反発したため、九州征伐、小田原征伐に続いていくことになりました。 

 また、「無事」という語は、上記の意味以外に文字通り「することがない」ということから、「ひまなこと」を指すこともあります。杜甫の詩『示従孫済』に「諸孫貧無事、宅舎如荒村」(諸孫は貧しくて事無くなく、宅舎は荒村のごとし)とありますが、この「無事」は、手持ち無沙汰ですることがないという意味です。


 安穏無事といえば、何も事件がない状態がそれに当たりますが、現代社会にあってそのようなことはありえなくなっています。特に最近はニュースを見ていても心が痛むような事件が多く、とても残念に思います。

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2006年07月23日

安寧秩序

●52.安寧秩序(あんねいちつじょ)

【意味】世の中が穏やかで、秩序が維持されていること。「安寧」は、世の中が穏やかで平和なことを指す。

※参考
 司馬遷の『史記』(秦始皇本紀)に「天下無異意則安寧之術也」(天下に異意無きは、則ち安寧の術なり)としてみられます。「異意」とは、上位の者に反逆する心、離反の心で、異心や異志と同じ意味です。つまり、天下に離反心がないということが、「安寧」だといっています。

 「安寧秩序」自体は、良いニュアンスを当然に持ちますが、歴史上は、しばしば統制を正当化することばとして用いられました。
 大日本帝国憲法の第28条は、「日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス」として、安寧秩序を乱さないということが、信教の自由を構成するひとつの根拠とされています。また、同じく第59条には、「裁判ノ対審判決ハ之ヲ公開ス但シ安寧秩序又ハ風俗ノ害スルノ虞アルトキハ法律ニ依リ又ハ裁判所ノ決議ヲ以テ対審ノ公開ヲ停ムルコトヲ得」として、裁判所の対審を公開するのにも、安寧秩序を乱していないか、が要件となされました。

 また、明治26年の出版法もその第19条に「安寧秩序ヲ妨害シ又ハ風俗ヲ壊乱スルモノト認ムル文書図画ヲ出版シタルトキハ内務大臣ニ於テ其ノ発売頒布ヲ禁シ其ノ刻版及印本ヲ差押フルコトヲ得」として、 同様に制限が加わっています。


 安寧秩序をもっぱら正当化の理論として根拠付けるのはかなり問題ですが、世の中が平和のうちに治まるのは、国家である以上、理想であることには間違いありません。その状態を完全に実現するのはほとんど無理なことですが、いかにして安寧秩序の状態に近づけていくかは、政策上とても重要であるといえます。

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2006年07月22日

暗中模索

●51.暗中模索(あんちゅうもさく)

【意味】暗闇の中で手探りで探すこと。転じて、手がかりのないまま、いろいろと試しにやってみることを表す。「模索」は、手探りで物を探すこと、状況が不明の中で方法を探究することを指す。現在は「暗中模索」と一般的だが、出典の表記にも見られるように、もとは「暗中『摸索』」である。

【出典】『隋唐嘉話(ずいとうかわ)』の以下の部分から。
 「許敬宗性軽傲、見人多忘之。或謂其不聡。曰『卿自難記、若遇何・劉・沈・謝、暗中摸索者亦可識之。』」より。

 唐の政治家だった許敬宗(きょけいそう)は、狡猾で冷酷無情な性格で女性の武則天(則天武后)を擁立し権勢を振るった人物ですが、文才に優れ、著作郎になり国史の編纂などを行うといった一面もありました。
 彼は、忘れっぽくて会った人の名前も忘れることが多かったでのですが、そのときに、ある人が「もし、何晏(かあん)、劉てい(「てい」は木+貞)、沈約(しんやく)、謝霊運(しゃれいうん)といった有名人に会ったら、暗い中を探ってでも見知ろうとするだろう」と言ったというのが上の原文の部分です。」

※参考
 松尾芭蕉の『奥のほそ道』の「象潟(きさかた)」の一節に
 「闇中に模索して「雨もまた奇なり」とせば、雨後の晴色またたのもしきと、蜑(あま)の苫屋に膝を入れて、雨の晴るるを待つ。」という部分があります。意味は、「暗やみの中を手さぐりするようにして見る雨中の夜景がこんなにも素晴らしいのだとすれば、さらに雨が上がったあとの景色はどんなにすばらしいだろうと期待をかけて、小さな漁師のあばら屋にわずかに膝を入れて、雨のあがるのを待つ。」というものです。蜑とは、漁師のことです。
 この一節は、唐の蘇軾(そしょく)の詩「飮湖上初晴後雨」の言を踏まえたものです。

水光瀲艶晴方好(艶はさんずいが要ります)
山色空濛雨亦奇
欲把西湖比西子
淡粧濃抹総相宜

水光 瀲艶(れんえん)として 晴れ方(まさ)に好し
山色 空濛(くうもう)として 雨も亦(ま)た奇なり
西湖を把(も)りて西子に比せんと欲すれば
淡粧濃抹総(す)べて相宜(よろ)し

水面にはさざ波のしきりに起って、晴れてちょうど良い
山の色がぼんやりと曇り、雨の景色もまた良いものだ
西湖を西施と比べようとするならば
薄化粧も濃い化粧も(晴れでも雨でも)、どちらもなかなか良いものだ

 ここで「雨亦奇」は上の一節の「雨もまた奇なり」という部分に、また雨の上がった景色は、「晴れ方に好し」という部分を意識したものと考えられます。


 暗中模索は、とても一般的な用語として使われています。1000年以上もの歴史を経て、なお使われているというのは、不思議なことでもあり、ドラマチックな感じもします。
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