2006年03月17日

遏雲の曲

○9.遏雲(あつうん)の曲

【意味】空を流れ行く雲までもおしとどめるすぐれた音楽や歌声のこと。「遏」に関しては、前項の遏悪揚善を参照。下記のようにこの表現は故事に基づいている。

【出典】「列子」湯問篇
「声振林木、響遏行雲」(声は林木を振るはせ、響きは行雲を遏む)に由来する。

【故事の内容】
 秦の時代に秦青(しんせい)という優れた歌の名人がいた。蒒薛譚(せったん)は秦青について歌を学んでいたが、すべてを吸収していないにもかかわらず、すべてを学びつくしたと思い込んで、帰郷しようとした。秦青は蒒薛譚がまだ技を極めていないことを見抜いてたのだが、強いて止めはせず、町の外れまで送っていった。
 別れ際、秦青は蒒薛譚に対し、悲歌を歌って送り出したが、その歌声は、余韻となってあたりに広がり、赤く染まった夕暮れを駆けぬけ、節は林木を震わせ、響きは、流れゆく雲さえも止めてしまった。
 この光景を見た薛譚は自分の至らなさを侘び、再び秦青の下で、歌を学び、その後二度と故郷に帰るとはいわなかったという。

 上記が上の故事の内容ですが、あたりを震わすほどの歌声というのは、余程のことで、なかなか体験できないものです。だからこそ深い感動を与えるのでしょう。これから生きて行く中で、どれだけ深い感動に出会うのかは分かりませんが、その一つ一つを胸にとどめ、大事にしていきたいですね。今日は、「遏悪揚善」を取り上げたので、「遏」つながりで掲載してみました。
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2006年02月26日

破れ鍋に綴じ蓋

○8.破れ鍋に綴じ蓋

【意味】破れ鍋にもそれに相当した綴じ蓋があるように、どんな人にもそれ相応の配偶者があるということ。配偶者は自分相応のものがよいというたとえ。また、何事でも似たもの同士の組み合わせのほうがうまくいくということのたとえ。綴じ蓋は壊れた部分を修繕した鍋のこと。

※類義語
破れ鍋に欠け蓋、似たもの夫婦

※参考
英語での似たような表現に
A bad Jack may have as bad a Jill.(悪人のジャックには、悪女のジル)
がある。Jack(男性名)やJill(女性名)は英語圏で一般的な名前として度々表現に使われる。何より、Jack and Jillに若い男女との意味がある。また、
A good Jack makes a good Jill.
は「妻は夫次第」という意味である。
ちなみにJackを使った有名な表現に
All work and no play makes Jack a dull boy.
(勉強[仕事]ばかりで遊ばないと子ども[人]はだめになる、の意。日本の表現としては、「よく遊びよく学べ」がそれにあたる)
がある。

 この諺はいろはがるた(江戸)の「わ」に採用されているので、有名ですね。日本は破れ鍋と綴じ蓋でものを対比させていますが、英語では人を対比させているのが面白いです。
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2006年02月16日

破れ鍋も三年置けば用に立つ

○7.破れ鍋も三年置けば用に立つ

【意味】どんなつまらないものでもまったく役に立たないものはないことのたとえ。無用なものはないという意味。われた鍋でも、三年も取っておけば、その間にいつかは役に立つときが来るということから。

※類義語
焙烙(ほうろく)の割れも三年置けば役に立つ。禍(わざわい)も三年たてば用に立つ。

※対義語
破れ鍋二度の役に立たず
上記とは、正反対で、一度壊れてしまったものは、もう二度と役に立つことはない、という意味。

※参考
焙烙
素焼きの土鍋。食品をいったり、むし焼きにしたりするのに使う。これを「ほうらく」と読むと、「あぶり焼いたり、包み焼くこと」という動詞的な意味を伴う。また、「焙烙(ほうらく)の刑」といえば、中国の殷の時代に紂王(ちゅうおう)が行った火あぶりの刑を指す。

 諺には、二面性があるものがありますが、破れ鍋を使った「三年置けば用に立つ」と「二度の役に立たず」はその典型的なものといえます。一つのものを肯定的に捉えるか、否定的に捉えるか、の違いですが、個人的には肯定的に捉えたい気持ちです。
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我人に辛ければ人また我に辛し

○6.我人に辛(つら)ければ人また我に辛し

【意味】自分が人に対して辛くあたれば、相手も自分に対して辛くあたるということ。世の中
は、相対的なものだということを表す。類義語・対義語としては、以下がある。

※類義語
我人のために辛ければ必ず身にも報う、人を憎むは身を憎む

※対義語
人を愛する者は人恒(つね)に之を愛す
原文は「愛人者人恒愛之、敬人者人恒敬之」(人を愛する者は、人恒に之を愛し、人を敬う者は人恒に之を敬す)であり、『孟子』離婁章句下にみえる。この表現から名づけられたのが、敬宮愛子さまですね。

※参考
上記の表現を逆にしたものに「人我に辛ければ、我また人に辛し」がある。上記が我を基準にしているのに対し、これは、他人を基準にしたもの。ただし、方向性は違うが、表す意味は同じである。

 相手を大事にしなければ、それが自分にかえってくる。逆に相手を敬う気持ちで接すれば、自分も人から敬われるということですね。世の中は人と人の交わりでできているということを踏まえた表現だといえます。
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2006年01月27日

我より古を作す

○5.我より古(いにしえ)を作す(なす)

【意味】古いしきたりや習慣にとらわれずに、自ら前人未到の新たな物事や規範を作り出して、後々の先例となるようにするということ。「我より故(こ)を作す」ということもある。

【出典】『宋史』
「自我作古」より。

※参考
『宋史』
 1345年成立。元の脱脱(だつだつ)らの編である。全496巻。宋代の歴史を記した正史であり、歴代二十四史の中でも最も膨大である。元の順帝の詔命により作られたが、南宋の滅亡のとき元がもち帰った、宋代に編集された国史をもとにして編集したため、わずか三年で完成した。その際、かなり史実を削ったところがあるともいわれるが、宋代の歴史を知るうえで基本的な史料書であることには変わりがない。

 古い体制に縛られるのではなく、自ら新たな活路を見出したという点は歴史に名を残した人々に共通して見られることだといえます。「挑戦」とは、日常的にも良く使うことばですが、何事にも問題意識を持ち、果敢に進むべき道を見出して行くということはいつの時代でも変わらず、大切なことだということの証明なのかもしれません。
 

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2006年01月24日

我を非として当う者は吾が師なり

○4.我を非として当う(むかう)者は吾が師なり

【意味】自分の欠点を批判しながら付き合ってくれる人は、すべて先生と思わなければならないということ。「当う」とは、「しっかりと相手に向かうこと」を指す。

【出典】『荀子』脩身篇
「非我而當者吾師也」
 この後に「是我而当者吾友也。諂諛我者吾賊也。」(我を是として当る者は吾が友なり。我に諂諛<てんゆ>する者は吾が賊なり。)ということばが続く。

※参考
修身
 自分の行いを正し、身をおさめととのえること。孔子以下、儒家の基本的思想を的確に表した「修身斉家(せいか)治国平天下(へいてんか)」(『大学』)にもこのことばが現れている。

 世の中、生きて行く中で多くの人に会いますが、最終的に行動するのは自分以外にはないです。それだからこそしっかりと批判してくれる人が求められるのでしょう。自分のために意見してくれる人を大切にして、こちらもそのことばを受け入れる度量の広さが求められているのかもしれません。
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和を以て貴しとなす

○3.和を以て貴し(とうとし/たっとし)となす

【意味】人々がお互いに仲良くやって行くことが最も大切なことである。何事も調和が大事であるということ。

【出典】聖徳太子の定めた十七条憲法の第一条に
「一曰。以和為貴。無忤為宗。」(一に曰はく、和を以て貴しと為し、忤(さから)ふこと無きを宗と為す。)とある。

※参考
 『礼記』には、「礼は之和を用(も)つて貴しと為す」とある。

 このことばはことわざや慣用句というよりも格言的なものですが、十七条憲法が604年に制定されて以来、今に至るまでしばしば引き合いに出されてやまないことばでもあり、すでに長寿ともいえることばです。十七条憲法は役人の心構えを説いたものですが、「功過を明察(あきらか)にし、賞罰を必ず当てよ。」(第十一条)や、「大事を独り断(さだ)むべからず。必ず衆と与(とも)に宜しく論(あげつら)ふべし。」(第十七条)など、今みても示唆的なことばで溢れています。
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2006年01月17日

椀作りの欠け椀

○2.椀作りの欠け椀

【意味】他人のためにばかり気を使う一方で、自分のことはいい加減になることのたとえ。椀を作る職人が、自分は欠けた椀を使っているという意から。

※類義語
紺屋の白袴、髪結いの乱れ髪、医者の不養生

※参考
 今日は、椀についての二つの諺を紹介したので、椀について簡単に書きたいと思います。
 基本的に椀は木製のものを指し、陶磁器製のものは石偏の碗を用いて使い分けている。日本では、古代から木の椀を使用していて、土器の茶碗はその後中国や朝鮮を経て日本に伝来したという。ちなみに茶碗という言葉は中国の忠茶に由来しており、喫茶の風習が始まったのは天平時代からである。

 人と関わっていく上で、どうしても自分のことを棚に上げてしまうということはよくありますね。似たようなことわざも比較的多くありますが、うまく表現したことばだと思います。

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椀より正味

今日から、慣用句・ことわざも紹介していきます。

○1.椀より正味(しょうみ)

【意味】器よりも中身が大事であること。外観がどうであれ、内容が重要であり、内容で物を評価すべきであるということ。「正味」は、ここでは「余分なものを取り除いた、物の本当の中身」という意味を指す。

※正味を「せいみ」と読むと、 「食物で、そのものが持っている本来の味」という別の意味を表してしまう。

 「人間、外観より中身が重要」であるというのは、よくいわれる議論ですね。たしかに今は、『人は見た目が9割』という本も話題になっていますが・・・。やっぱり見た目も捨てがたいのが世の常か・・・。
posted by landmark at 21:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 慣用句・ことわざ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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