2006年01月16日

哀鳴啾啾

●10.哀鳴啾啾(あいめいしゅうしゅう)

【意味】鳥や虫が悲しげに鳴くさま。「哀鳴」は、鳥や虫などの悲しげな鳴き声を表し、「啾啾」は、鳥や虫などが小声に鳴くさまを表す。また、「啾啾」そのものの意味としては、鳥や虫に限らず、しくしくと力泣く泣く時の形容としても使われる。例として「鬼哭啾啾(きこくしゅうしゅう※)」にみられるが、これは後者の意味で使われている。

※参考
哀鳴
 白居易の『琵琶行』に「杜鵑啼血猿哀鳴」と「哀鳴」ということばが使われている。「ホトトギスは啼いて血を吐き、猿は哀しげに鳴いている」という意味である。また、「哀鳴」を使った他の四字熟語として、「鴻雁哀鳴(こうがんあいめい)」が知られている。

鬼哭啾啾
 戦場などの鬼気迫ったさまを表す。

 なにか叙情的な表現で、情景が目に浮かぶようです。哀鳴にしても啾啾にしても字をみているだけで、どことなくかなしげな印象を伝わってきて、漢字ってやっぱりものをいうものだと思いました。



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2006年01月15日

曖昧模糊

●9.曖昧模糊(あいまいもこ)

【意味】物事がぼんやりしていて、はっきりしないさま。「曖昧」も「模糊」も、ぼんやりしているさまを表す。

※「模糊」は「糢糊」と書くこともある。

※類義語
朦朧模糊

※対義語
明々白々

 これは、いまでも日常的(?)に使う表現ですね。「曖昧模糊とした話」など。ちなみに「曖昧」の類義語として「ファジー」という用語もありますが、これは「綿毛状の、輪郭がぼやけた」の意から来ているようです。よって「境界が不明確である」といった意味合いに力点が置かれているという点で若干違うといえそうです。
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愛別離苦

●8.愛別離苦(あいべつりく)

【意味】別れのつらさをいう。親子・兄弟・夫婦など愛する人と性別・死別する悲しみ。構成は「愛別離」+「苦」であり、仏教で説く、生きるものの八つの苦しみ(八苦)の中の一つを構成する。

【出典】『大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)』

※参考
大般涅槃経
 大きく分けて、原始仏典と大乗仏典の2つのものを指す。
@原始仏典の一。3巻。法顕が訳す。釈尊入滅の前後を歴史的に描いたもの。対応するものがパーリ語長部経典にあり、また、漢訳には「長阿含経」所収の「遊行(ゆぎょう)経」などの異訳がある。
A大乗仏典の一。北本(曇無讖<どんむしん>訳、40巻)と南本(慧観・謝霊運ら再治、36巻)に分かれる。釈尊の入滅を機縁として、法身の常住と一切衆生の成仏を説いたもの。これを最もよく表す言葉である「一切衆生悉有仏性」はよく知られている。涅槃経。

八苦
生・老・病・死(四苦)に愛別離苦・怨憎会苦(うらみ憎しむ者と会う苦しみ)・求不得苦(欲しいものが得られない苦しみ)・五陰盛苦(心身の苦しみ)の四つを加えたもの。

 とてもよく知られた表現です。この表現に限らず、四字熟語には仏教に関連した表現がかなりみられますが、人生の喜びや悲哀がもつ余韻をうまく表しているものが多いと思います。仏教の無常観が反映されているからでしょうか。

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愛多憎生

●7.愛多憎生(あいたぞうせい)

【意味】愛や恩恵を受けすぎると、必ず人のねたみや憎しみを買うことになるということ。

【出典】『亢倉子』(用道<ようどう>篇)
「恩甚だしければ則ち怨生じ、愛多ければ則ち憎しみ生ず〔過度の恩愛は人の憎しみを買うもとになる]」とある。

※「愛多ければ憎しみ生ず」と書き下して読むこともある。

 この表現は、四字熟語ではありますが、格言に近いともいえます。いわゆる「出る杭は打たれる」的な表現に当たります。『亢倉子』は老荘思想の道家の系譜に連なる書物のようですが、このような表現はいつの時代にも共通してみられる価値観なのかもしれません。
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2006年01月14日

哀糸豪竹

●6.哀糸豪竹(あいしごうちく)

【意味】悲しげな音を出す琴と、生き生きとした強い音を出す笛を指す。管弦の音色が悲壮で人の心を打つさま。「糸」は糸を張った楽器のことで、この場合は琴の意味である。「竹」は竹で作った吹いて鳴らす楽器で、笛のこと。

【出典】杜甫の詩

※「糸」の旧字体は「絲」であるため、「哀絲豪竹」も同様。「哀絲」という表現は、その後の中国の詩や文学にも現れている。例えば現代中国文学を代表する作家の茅盾の詩「觀北崑劇院初演」に「哀絲豪竹煩英傑」(哀絲豪竹英傑を頌える)の一文がある。

※参考
糸竹
 このことばは、横井也有の『鶉衣』の「隅田川涼賦(すみだがはすずみのふ)」にも使われている。

杜甫
〈人名〉712〜70 盛唐の詩人。襄陽(じょうよう、湖北省襄樊<じょうはん>市)の人。字は子美(しび)。杜陵(とりょう、長安郊外)にいたので杜陵布衣(とりょうのふい)・少陵野老(しょうりょうのやろう)と自称した。検校工部員外郎になったことから、杜工部ともいう。賦三編を奉って玄宗に知られ、集賢院待制となったが、安禄山の乱にあい、四川などに流浪を続けた。その詩は格律厳正、律詩の完成者とされる。社会を鋭く見つめた叙事詩に長じ、「詩史」の称がある。李白とともに李杜と並び称される中国最大の詩人で、李白を詩仙というのに対して詩聖といわれる。また、晩唐の杜牧と区別して大杜、あるいは老杜といわれる。安史の乱以後の暗い現実を描写した作品に傑作が多い。代表的著作に『杜工部集』がある。日本文学への影響は漢詩以外のジャンルにも大きく、特に松尾芭蕉は杜甫に傾倒していたことでも知られる。

 「哀」と「豪」。まったく対照的な漢字にそれぞれ「糸(琴)」と「竹(笛)」をあてているのが面白いと思います。琴と笛のイメージの違いでしょうか。

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相碁井目

●5.相碁井目(あいごせいもく)

【意味】人の実力差はさまざまで、何をするにも力の差はあるものだということ。「碁」が使われている通り、囲碁の腕前にたとえて言ったものである。「相碁」は腕前が伯仲している者同士の囲碁のことで、「井目」は実力に大差がみられるときに実力の劣っている方がハンディキャップをつけるために碁盤上の九つの点に碁石を置くことを表す。

※参考
「相碁井目」はそれだけで決まった言い方だが、「相碁」の類義語に「互先(たがいせん)」がある。これは、囲碁で、技量の互角の者同士の手合割(てあいわり)であり、交互に先番で打つことに由来する言い方。「あいせん」とも呼ぶ。また、「井目」以上に両者に差があることを「井目風鈴付」といって、腕前が甚だしく相違するたとえとして使われる。これは、井目からさらに四すみの星から隅へ向けてぶら下がるように置石を加えることから来た言い方である。

 囲碁は4000年以上の歴史を有するゲームで、「三国志」や「源氏物語」にも登場するようです。また、現在の対局方式は織田信長の時代に生まれたともいわれます。そんな囲碁を題材にした四字熟語もまた文化の長い歴史を映していて、魅力的だと思います。
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哀鴻遍野

●4.哀鴻遍野(あいこうへんや)

【意味】いたるところに敗残兵やさまよう難民がいるさま。「鴻」は大雁のことであり、「哀鴻」とは悲しげに鳴いて飛ぶ大雁のことである。また、「遍野」は野原のすみずみまでの意味。すなわちこの四字熟語は悲しげに鳴く大雁が、野原のいたる所にいるという光景から作られたものである。「哀鴻野(の)に遍(あまね)し」と書き下して読まれることもある。

※参考
 毛沢東が重慶交渉(第二次世界大戦終結に伴い、中華民国の臨時の首都であった重慶で、共産党幹部が国民党首脳と会談・交渉した)のことを後に振り返って作った詞に「遍地哀鴻遍地血」という一文がある。この「遍地哀鴻」は、上述の「哀鴻遍野」を元にしている。

※類義語
哀鴻遍地

 上記にもあるようにネガティブな意味で使われることばです。民族紛争が世界各地で頻発している今、残念ながら哀鴻遍野たる光景があちこちで繰り広げられています。日本は幸い今のところ直接的に紛争とは無縁ですが、平和の意味を考えさせられることばだと思います。
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2006年01月13日

哀毀骨立

●3.哀毀骨立(あいきこつりつ)

【意味】この上ない悲しみ。親との死別にひどく悲しむこと。「哀毀」は悲しみのためにやせ細ることを意味し、「骨立」は肉が落ちて骨と皮ばかりになるという意味を表す。

【出典】『世説新語※』(徳行第一)
「王戎雖不備禮,而哀毀骨立。」

※参考
『世説新語』
〈書物〉三巻。南北朝時代、宋の劉義慶(りゅうぎけい、403〜44)の編。五世紀半ばごろ成立。後漢末から東晋末にいたる知識人のエピソードを集めたもの。逸話の特徴や人物の性格により、徳行・言語・文学・方正など、三六編に分類してある。賞誉・品藻・容止の各篇には人物を批評する話が多く収められているが、これは、そのころ知識人の間に流行していた人物批評の風潮が背景となっている。曹操が若いころ「乱世の英雄、治世の姦賊」としてその将来を見ぬかれたという有名な話は識鑑篇にのっている。本書は、簡潔な文章で人物や事件をあざやかに伝えており、文学作品として高い評価を与えられているが、同時に、清談流行の実態など、乱世に生きる知識人の姿を知るうえにも貴重な資料である。書名は、もと『世説』『劉義慶世説』、または『世説新書』と呼ばれていたが、宋以後に現在の名を用いるようになった。特に梁の劉孝標の注は散逸所を多く引用してあり、貴重である。

 この四字熟語は構成する各漢字からしてどことなくもの悲しい印象を受けます。できればあまり使いたくない表現ですが、『世説新語』は5世紀の書物なので、やはりこれも歴史のある表現なのですね。

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合縁奇縁

●2.合縁奇縁(あいえんきえん)

【意味】不思議なめぐり合わせの縁。人と人の結びつきには、互いに気心の合う合わないがあるが、それもみな仏教でいう因縁という不思議な力の作用によるものだということ。男女・夫婦・友人などの間柄についていう。「縁」は巡り合わせの意であり、「合縁」は気心の合う縁、「奇縁」は奇しき縁の意。

※参考
「合縁」は「愛縁」「相縁」、「奇縁」は「機縁」と書くこともある。近松門左衛門作の世話物である浄瑠璃「心中宵庚申」に「人には合縁奇縁、血を分けた親子でも仲の悪いが有るもの」という一節がある。

 四字熟語の中でも、比較的よく使われる表現だと思う。この世の中は人と人によって成り立っている。ふとした瞬間に出会った人とその後もずっと親しくすることがある。まさに人の出会いは合縁奇縁なのかもしれない。
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哀哀父母

 これが初投稿になります。なるべく多く更新していきたいと思いますので、よろしくお願いします。

●1.哀哀父母(あいあいふぼ)

【意味】子を産み育ててくれた父母の苦労を悲しみ感謝すること。苦労を重ねた父母の死をいたんでその恩に報いることができなかったことを嘆いたもの。「哀哀」は、胸にせまってかなしむさまを表し、例として「哀哀淮西城=哀哀タリ淮西ノ城」(元好問※)がある。

【出典】『詩経』(小雅<しょうが>・蓼我<りくが>)
「哀哀たる父母、我を生みて劬労(くろう)す」による。

※参考
元好問(げんこうもん)
〈人名〉1190〜1257 金朝末期の詩人。太原(山西省)の人。字は裕之(ゆうし)、号は遺山(いざん)。金朝滅亡後は仕官せず、華北各地を遊歴した。その詩は陶潜・杜甫から蘇軾・黄庭堅と続く正統を継ぐものとして高く評価される。『元遺山集』『中州集』『遺山楽府』がある。
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