2006年07月21日

暗中飛躍

●50.暗中飛躍(あんちゅうひやく)

【意味】人に知られないようにひそかに活動すること。主に政治的な話題で多く使われる。「飛躍」は、高くとびあがることから、盛んに活動することを指す。

※参考
 この熟語を略したものが「暗躍」です。「暗躍」というと、普通は否定的な、あまり好ましくない意味合いで使われることが多いですが、「暗中飛躍」自体に含まれる「飛躍」は本来好ましいニュアンスを秘めているので、「暗躍」=「暗中飛躍」は、好ましい意味でも用いられます。その場合は、人知れず「活躍する」というニュアンスが前面に出て、策動するというイメージは後退することになります。

 暗中飛躍は、「活動」の意味づけの方向によって、肯定的にも否定的にも解されますが、どちらかといえば否定的な用法が多く見られるのは、やはり「暗中」の「暗」という字が一般に否定的なニュアンスを強く持つからでしょうか。「暗愚」のように「暗」には道理や知識に暗い、という意味もありますし、全体として「暗」のつく語には好ましくない意味合いが含まれていることが多いのは事実です。

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2006年07月20日

安宅正路

●49.安宅正路(あんたくせいろ)

【意味】仁と義をたとえたもの。「安宅」は、安心して身をおくことのできる場所(家)のことで、仁のたとえ。「正路」は、正しい道のことで、義のたとえとして使われている。「仁」は、いつくしみや思いやりを指すことばで、「義」は、人として守るべき正しい道を指すことば。ともに儒家の道徳思想の中心概念である。

【出典】『孟子』(離婁<りろう>・上・第十章)の以下の一節から。
 「仁人之安宅也、義人之正路也。曠安宅而弗居、舍正路而不由、哀哉。」(仁は人の安宅なり。義は人の正路なり。安宅を曠<むな>しくして居<お>らず、正路を舎<す>てて由らず。哀しいかな。)
 「仁は、人が安心して身を置ける家であり、義は、人の踏むべき正しき道である。安全な住居を空にして住まず、正しき道を捨てて通らないのは残念なことだ。」という意味。

 この一節は「孟子曰、自暴者不可與有言也、自棄者不可與有為也。言非禮義、謂之自暴也、吾身不能居仁由義,謂之自棄也。」(孟子曰く、自ら暴<そこな>う者は、与<とも>に言うあるべからざるなり。自ら棄つる者は、与に為すあるべからざるなり。言、礼儀を非<そし>る、之を自ら暴うと謂い、吾が身仁に居り義に由ること能わずとす、之を自ら棄つると謂う。)に続くものです。
 意味は、「孟子が言われた。自ら自分を駄目にしてやけくそになっている人間とは、一緒に語り合うことはできない。自ら諦めてすてばちになっている人間とは、一緒に仕事はできない。発言によって礼儀を非難する者を自暴といって、自分のような身では仁や義を行うことはできないという者を自棄という。」というものです。
 また、ここから出たことばが「自暴自棄」です。よって、安宅正路は、孟子が「自暴自棄」になっている者は「安宅」を無にし、「正路」を通らないと嘆き、「安宅」や「正路」にたとえられる「仁」や「義」こそ大切なのだと主張したところから出たことになります。

 また、「安宅」と「正路」をそれぞれ「仁」と「義」になぞらえた表現は、『孟子』の他の部分にも見られます。
 公孫丑・上・第七章には、「夫仁天之尊爵也、人之安宅也」(夫<そ>れ仁は天の尊爵なり、人の安宅なり)と「仁」=「安宅」という図式がみられ、尽心・上・第三十三章には、「居悪在、仁是也、路悪在、義是也(居悪<いず>くにか在る、仁是なり、路悪くにか在る、義是なり」と述べられています。


 すべての人が互いを思いやり、また人の行うべき道を行うなら、世界はとても平和になるのでしょうが、いつの時代にも犯罪や戦争が起こるのは事実で、こればかりはなかなかうまくいきません。でも、それらが、たとえ防ぐことができないにしても、一人一人が、相手のことを尊重しようと努めることは決して無駄ではないし、意味のあるものだと思うのです。
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2006年07月19日

暗送秋波

●48.暗送秋波(あんそうしゅうは)

【意味】ひそかに流し目を送って、相手に媚びること。「秋波」は、秋の澄んだ水波のこと。ここから転じて美人の涼しい目もとを指すようになり、女の人の媚びる目つき、流し目を表すようになった。

※参考
 この四字熟語を慣用句的に書けば、「秋波を送る」となります。これは、もともとは、女性が異性に対して流し目を送るという意味ですが、政治や経済などの話題で、相手を引き込む際の駆け引きを形容して使われることも多いです。
 また、「秋波を送る」は、李いく(火へんに「日+立」)の「菩薩蛮(ぼさつばん)」という詩の次の部分に由来します。「眼色暗相鉤、秋波横欲流」(眼色暗<ひそ>かに相<あい>鉤<いざ>ない、秋波横ざまに流れんと欲す)「目でひそかに誘う、その媚びる目があふれんばかりに流れてくる」からです。
 李いくは、中国の五代十国時代の南唐の第三代皇帝でしたが、政治的手腕はほとんどありませんでした。その代わり文学的な才能はめざましく、当時勃興しつつあった詞をはじめとして書や絵画にもその才を発揮した人物です。

 秋は冬の前でどことなく寂しげな感じがありますが、その一方で紅葉をはじめとして風景が美しいという印象も見る者に抱かせます。その点で二面性があるといえそうです。例えば、秋思(しゅうし)といえば、秋に感じるものさびしい思いを指し、前者のニュアンスが出ていますが、一方で、「秋波」は、この後者にあたる典型例です。
 「秋」に関して、少し興味深いのが、「秋娘」(しゅうじょう)という表現です。これは、一般には美人を指すのですが、風景ではなく、唐の謝秋娘・杜秋娘という美女からきたものです。しかし、「秋」の寂しげな感じが類推させたのでしょうか、年を経て容色の衰えた女の人を指すようにもなりました。
 いわば、まったく対照的な二面性を指す語ですが、ことばは本来の意味を離れ、いかようにも多義的な意味を伴いうることの例で、またそこがことばの面白いところでもあります。
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2006年07月18日

暗箭傷人

●47.暗箭傷人(あんせんしょうじん)

【意味】暗に人を傷つける行為を指す。「暗箭」は、暗闇から放たれる矢のこと。「傷人」は、人を傷つけること。

※類義語
暗箭中人(あんせんちゅうじん)
 ここで、中は的中すると言う意味で、全体の意味は、「暗箭傷人」とほぼ変わらない。これは、宋·劉炎の『迩言(じげん)』第六巻「暗箭中人、其深次骨、人之怨之、亦必次骨、以其掩人所不備也」に由来するとされる。

 暗箭傷人は端的に言えば、「誹謗中傷」を暗に行う、ということです。最近は通信手段が発達した結果、なにかと便利になり、直接自分が出向かなくてもさまざまなサービスを享受することができますが、その一方で、顔の見えない相手からいわれのない中傷を受ける危険性というのも持っているわけです。その意味では、便利さの裏には、やはりそれなりの規則の整備やマナーが求められるということですね。

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2006年07月17日

按図索驥

●46.按図索驥(あんずさくき)

【意味】理論ばかりに頼って実際には役に立たない意見のこと。「按」は、調べる。「索」は、「捜索」で使われる「索」で、探し求めること。「驥」は、一日に千里を走るという優れた馬のこと。

【出典】『漢書』(梅福伝)「今不循伯者之道、乃欲以三代選挙之法取当時之士、犹察伯楽之図求騏驥于市、而不可得、亦已明矣。」より。
 有名な相馬師(馬の良否をという判断する人)だった伯楽は、その晩年に『相馬経』という本を著した。その息子は、馬にも乗ったことがなかったにもかかわらず、父の書を頼りに、馬を見極めようとしたという故事から。上記は、そんなことをしても結局は得られないのが明白だ、としています。

※類義語
按図索駿(あんずさくしゅん)

※「図を按じて驥を索(もと)む」と書き下して読むこともある。

※参考
 「驥」については、『論語』にも「驥不称其力、称其徳也」(驥はその力を称せず、その徳を称するなり)「優れた名馬はその力をほめられるのではなく、その徳<性質の良さ>をほめられるのだ」として見られるように、古来より価値のあるものでした。
 汗血馬(かんけつば)もほぼ同じものです。汗血馬で知られる故事としては、前漢の武帝の時代に、西域へ使わされた張騫(ちょうけん)が、大宛(フェルガナ)にこの名馬がある、ということを報告した場面です。このときは、結局得られませんでしたが、後に李広利(りこうり)が、この地から汗血馬を持ってくると、武帝は非常に喜び、「汗血馬こそが天馬」だと賞賛したとされます。

 伯楽は、馬の良否を見分けるのにとても長けた人だったので、そこから、「名伯楽」というように「伯楽」といえば、人物を見抜く眼力のある人をも指すようになりました。
 『相馬経』は、従来伝わっていませんでしたが、1973年に馬王堆墳墓から、それとみられるものが出土されました。芥川龍之介の「馬の脚」という作品には、「わたしは馬政紀(ばせいき)、馬記(ばき)、元享療牛馬駝集(げんきょうりょうぎゅうばだしゅう)、伯楽相馬経(はくらくそうばきょう)等の諸書に従い、彼の脚の興奮したのはこう言うためだったと確信している。」として出てきます。
 主人公忍野半三郎(おしのはんざぶろう)は、ある日突然倒れ、生命を失いましたが、本人は何も死んだという意識がない。足だけが腐っているということが分かったのですが、緊急ゆえ、どうすることもできず馬の脚で代替させられます。その後、半三郎は復活し、意識が戻ったのですが、馬の脚は戻らない。ある日、突然半三郎の脚が躍りだしたのですが、この理由を筆者が代弁して探求するくだりが上の部分です。なんとも不思議な話ですが・・・。


 この四字熟語は、上記のようにもともとは馬から生まれたものです。四字熟語や慣用句には、生き物を素材にした表現が多くありますが、それは私たちが知らずと自然に眼を向けてきたという事実の表れなのかもしれません。

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2006年07月16日

安心立命

●45.安心立命(あんじんりつめい)

【意味】心を安らかにして、天命に身を任せ、決して動揺したりしないさま。「安心」は、信仰によって心を安らかにすること。この意味では、「あんじん」と読む(仏教語)。「あんしん」と読めば、不安なことがなく、落ち着いた状態を表す。「立命」は、ここでは、人為によって損なうことなく、天命を全うすることで、『孟子』に由来する(→参考を参照)。「安心立命」はもとは儒教の語だったが、次第に禅宗の語としても使われるようになった。

※「あんじんりゅうみょう」(仏教語としての読み方)や「あんしんりつめい」、「あんじんりゅうめい」と読むこともある。

※類義語
安心決定(あんじんけつじょう)

※参考
 京都に立命館という大学があります。前身は中川小十郎が建てた京都法政学校ですが、名前の由来は、西園寺公望の私塾立命館によっています。この塾はわずか一年足らずで閉鎖されてしまうのですが、1905年に中川小十郎が私塾立命館の名を引き継ぎたいと申し出、そこから現在の名称になったとされています。
 「立命」とは、『孟子』の第十三巻「盡心章(じんしんしょう)・上」の冒頭に見られる表現です。「殀壽不貳、修身以俟之、所以立命也」(殀寿貳<たが>わず、身を修めて以て之を俟つは、命を立つる所以なり)に由来します。「殀寿(ようじゅ)」とは、短命と長寿のこと。短命でも長命でも、ひたすら天命に従って、ただ一筋に自らの修養に励み、天命(寿命)を待つのが、人の本分を全うする道である」と言う意味です。
 西園寺はこれに続けて「蓋し(けだし=思うに)学問の要はここに在り」と述べています。この由来によって、中国政府から立命館大学に孟子像が献上されたのは知られています。

 「安心立命」は、「安心立命として暮らす」や「安心立命を得る」という形で用いられて、心の平静を強調することが多いですが、現代のようにさまざまな場面でスピード感が求められる時代では、なかなか安心立命の境地は体感することができないのが現状ですね。たまにはゆっくりしたいな、と思ってもなにかをしないといけないという気持ちが働いてしまいます…。そういう意味では、安心立命というのはなかなか難しくものだな、と思ってしまいます。

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2006年07月15日

暗証禅師

●44.暗証禅師(あんしょうのぜんじ)

【意味】坐禅の工夫にばかり打ち込んで、教理に暗い僧のこと。禅宗の僧を他宗から非難していうことば。「暗証」とは、もともとは仏教語で、教理の理解に乏しい(坐禅ばかり重視している)こと(現在も「暗証」といえば、これが第一義である)。ここでの「証」は、「さとる、さとり」という意味。現在は、ここから転じて「本人であることを暗に証明すること」という意味でもっぱら使われる。私たちが日常使用している暗証番号とは、この後者の意味。

※参考
 逆に教理の研究ばかりするあまり実践である修行の方面を忘れているとして禅宗から他宗の僧を非難する表現が「文字法師(もんじのほうし)」です。また、経典をただ唱えているだけだという意味を込めて「誦文法師(じゅもんのほうし)」ともいいます。
 吉田兼好は、『徒然草』で、「文字の法師、暗証の禅師、たがいに測りて、己(おのれ)にしかずと思へる、共に当らず。」(一九三段)と述べていますが、ここでは、「実践こそが重要だ」「理論こそが重要だ」と互いに争って、どちらも自分より理解していないとしているが、これはどちらも的をえていないと非難しています。


 ものごとをなすには、常に「実践」か「理論」かという二つの選択肢が対立します。しかし、本当に重要なのは、どちらかを選ぶことではなく、むしろそのものごとに一歩踏み出すこと、挑戦してみようとする「強い意志」なのではないでしょうか。人は弱いもので、つい目標としたことより他のことに目がそれてしまうものですが、大切なのは内面なのだ、ということは案外往々にしてあてはまるのかもしれません。
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2006年07月14日

安車蒲輪

●43.安車蒲輪(あんしゃほりん)

【意味】老人をいたわり、手厚くもてなすこと。「安車」は、座って乗れるように作ってある古代中国の車。当時の中国の一般の車は四頭立てで、立って乗るものだったため、安車はむしろ特別のものだった。「蒲輪」は、車輪の振動を抑えるために、蒲(がま)で包んだ車輪のこと。

【出典】『漢書』(儒林伝、申公)「安車以蒲裹輪、駕駟迎申公。」(安車をして蒲をもって輪を裹<つつ>み、駟<し>に駕<が>して申公を迎う。)から。「駟」は、四頭だての馬車のこと。「駕す」は、馬車などに乗ること。この場面は、すでに八十才を越え、経験豊かな魯の国の儒者・申公を武帝が丁重に迎えた時の描写。

※参考
 「安車蒲輪」というのは、特別なものだったので、古代の中国では「天子が乗るような特別な車」を意味ものでもありました。その意味で使われているのが、以下の故事です。
 208年、魏の曹操の軍と蜀の劉備・呉の孫権連合軍が争った「赤壁の戦い」で、連合軍が勝利を収めたのですが、その勝利に貢献した魯粛(ろしゅく)に対し、君主の孫権が、魯粛の馬の鞍を支えて、彼を馬から迎え降ろし、「これであなたの功績を称えるのに十分だろうか」と聞きました。これに対し、魯粛は、「否」と答え、「私を安車蒲輪に乗せて迎えて初めて十分といえるのです」と答え、周りを苦笑させたというものです。

 日本はこれからどんどん高齢化社会をたどっていきます。文字通り「安車蒲輪」する必要がある時代がやってくるわけです。世の中は一人では生きていけないので、いろんな年代の人が手を携えて生きていく社会になっていけばいいなぁ、と思ったりします。
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2006年07月13日

晏子高節

●42.晏子高節(あんしのこうせつ)

【意味】晏嬰が臣下として君主への忠節をまっとうしたさまを指す。「晏子」とは、広義では、晏嬰とその父親晏弱(あんじゃく)を指すが、ここでは晏嬰のこと。

【出典】『晏子春秋』(雑・上)以下の故事より。
 斉の国でのこと。荘公の6年(前548年)の5月、崔杼(さいちょ)は、自ら帝位に就けた荘公が自分の妻と姦通していることに憤慨し、荘公を殺してしまいました。
 その後、崔杼は、荘公の異母弟の杵臼(しょきゅう)を立てて、景公としました。崔杼が右相になり慶封が左相になり専制政治を行い、「崔氏・慶氏にさからったものは皆死罪である」という布告まで出されたのです。これに斉で名声が高かった晏嬰も従わせようとしましたが、晏嬰は断固としてこれに従いませんでした。ただ君主に忠義を尽くし社稷(国家)に利するものにのみ従うと言って聞かなかったといいます。

 結局この崔杼は、翌年、家内でのもめごとを慶封に利用されて自殺し、またこの後宰相となった慶封も、その子・慶舎や田氏等に攻められ呉に亡命し、その後は晏嬰が景公を立てて宰相となり、斉の繁栄に貢献しました。

※類義語
晏嬰脱粟(あんえいだつぞく)
 長雨が17日続き、国民は飢餓で疲弊しているにもかかわらず、それを省みず、酒を飲み続けた景公に対し、晏嬰は、これを諌め、民に蔵米を分け与えることを請うたが、許されなかったため、ついに職を辞退し、自らの家の蔵米を人民に分配し尽しました。
 景公は、自らの非を認め、斉の粟米財貨を奉じてこれを人民に分かつことを約したという故事から。


 晏嬰は、名宰相として誉れ高く、『史記』を著した司馬遷までもが、「もし晏嬰が今生きているのであれば、自分は彼のために御者をつとめたい」と絶賛しています。
 また、沢山の故事が残されていることでも知られています。少し前に紹介した晏嬰狐裘もその一つです。これは、晏嬰の倹約ぶりを讃えたものですが、今回紹介したものは晏嬰の忠節心を讃えたものだといえます。

 晏嬰という人物がこれほど讃えられているのは、どれほど名声を得ても、決しておごることなく、国のために忠心を怠らないひたむきさがあるからだと思います。よく権力の座につくと人となりがいやがおうでも変わってしまうということが多いですが、そんな時こそ見習ってほしい故事だと思います。

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2006年07月12日

暗香疎影

●41.暗香疎影(あんこうそえい)

【意味】趣きある春の夕暮れの情景をいう。「暗香」は、どこからともなく漂ってくる花などのよい香りのことで主に梅の香りを指す。「疎影」は、光などに照らされて、まばらに映る影のこと。梅の別名でもある。よって、この語は主に梅についていうことが多い。

【出典】林逋(りんぽ:北宋の詩人)山園小梅(さんえんのしょうばい)より。
 この漢詩はとても有名で、梅を歌ったものとしては、最高傑作との評価があります。情景がよく目に浮かぶ詩で、「横斜」に対して「浮動」、「水清浅」に対して「月黄昏」など好対照の表現もうまく用いられています。なお、「暗香浮動」という四字熟語もほぼ同じ意味ですが、この漢詩から生まれました。

衆芳揺落独暄妍
 
占尽風情向小園       

疎影横斜水清浅       

暗香浮動月黄昏      

霜禽欲下先偸眼       

粉蝶如知合断魂       

幸有微吟可相狎       

不須檀板共金尊       

衆芳(しゅうほう) 揺落(ようらく)して 独り暄妍(けんけん)たり
風情を占尽して 小園に向かふ
疎影は横斜 水は清浅
暗香 浮動し 月 黄昏
霜禽(そうきん) 下りんと欲して 先ず眼を偸み
粉蝶 如し知らば 合(まさ)に魂を断つべし
幸ひに微吟の相狎(したし)むべき有り
須(もち)ひず 檀板(だんぱん)と金尊(きんそん)とを

多くの花が散りしぼんだ後、ただひとりあたたかく咲き誇っていて、
小さな庭の風情を独占している
まばらな梅の木の影は斜めにのびて 清く浅い水面に映り
ほのかな香りは漂い 月のおぼろげな光の中に映える
霜にあった白い鳥は、舞い降りようとして、(梅の白さに)まず周りをこっそり眼をむける
白い蝶は、もし白い梅花が咲いているのを知ったなら、きっと魂を奪われて驚くことだろう
幸い、私の低い吟声が梅とよく似合っている
拍子木も酒樽も今さら要らないのだ

※「衆芳」は、多くのかぐわしい花のこと。「暄妍」は、あたたかで景色が美しいこと(「暄」は、日ざしが行き届いて、ほかほかとしているさま。「妍」は、形よく整うこと)。霜禽(そうきん)は、霜にあった冬の鳥のこと。

※松尾芭蕉の句に「梅白し昨日や鶴を盗まれし」というものがあります(野ざらし紀行)。これは芭蕉が京都・鳴滝の山荘に知人の三井秋風を訪ねた時の句です。庭園の梅林の白梅は見事で、きっと鶴もいるだろうと思ったが、鶴は昨日盗まれたのか姿が見えないという意味で、生涯、梅を妻とし鶴を子として暮らした林逋になぞらえた句とされます。
 
 「暗香疎影」といえば、田能村竹田の「暗香疎影図」があります。昭和44年に国の重要文化財に指定され、現在大分市美術館に所収されています。谷間のうす暗い影の中で咲き誇る梅の様子を描いたもので、竹田の代表作のひとつとされます。

 また、南宋の院体画末期の画家だった馬麟(ばりん)もこの林逋の詩の絵画化を試みて、「暗香疎影図」を残しています。これは、台北故宮博物院に残されているといいます。

 
 四字熟語というと、固いものが多いのですが、このように風景から生まれた表現も叙情的でいいと思います。書き下し文も意味が取れていいですが、やっぱり漢詩は中国語で読めれば、もっと情感で出るんじゃないかなぁ、と思ったりします。とても難しいですが…(汗)。

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2006年07月11日

按甲休兵

●40.按甲休兵(あんこうきゅうへい)

【意味】よろいや武器をおさめること。転じて戦争をやめることを表す。「按甲」は、よろいを下におさえること。「按」は手で上から下へとおさえる意で、「甲」はよろいの意。「休兵」は、武器を休ませるということ。

【出典】『漢書』韓信伝「当今之計,不如按甲休兵,百里之内,牛洒日至,以饗士大夫,北首燕路,然而発一乘之使,奉咫尺之書以使燕,燕必不敢不听。」から。
 韓信は張良(ちょうりょう)・蕭何(しょうか)とともに漢の三傑と呼ばれた武将。漢が趙に攻め込んだとき(この時の戦いから「背水の陣」という語が生まれました)、韓信は打ち勝ったにもかかわらず、趙の李左車(りさしゃ)を助けました。その李左車を先生と呼び、燕を倒すにはどうしたらいいか、と助言を求め、それに対する李左車が上記の部分です。
 今は武器や兵を休ませ(按甲休兵)、趙を制圧することが最善で、(戦争での遺児をいたわり、)百里四方から毎日運ばれる牛や酒でもって士大夫をもてなして、趙を固めてから、燕に向かわせるのがよい。それから燕に使いを発して、書簡を送って、自らの優位さを示せば、燕は従わざるを得ないだろう、という意味です。

※類義語
按甲寝兵(あんこうしんぺい)

 戦争は歴史をひもとけば、なかった時期を探すのが難しいほど頻繁に繰り返されています。原因はさまざまですが、今現在も世界各地で戦いは続いているのは事実です。「按甲休兵」して、真の平和が現出するのは、いつになるのか。双方が解決点を見出せないほど難しい問題を抱えているからでしょうが、少しやりきれない感じもします。
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2006年07月10日

暗香蓊勃

●39.暗香蓊勃(あんこうおうぼつ)

【意味】どこからともなく香りがさかんに漂ってくるさま。「暗香」は、どこからともなく漂ってくる花などのよい香りのことで、「蓊勃」は、物事のさかんなさまを表す(「蓊然」と同じ)。「蓊」は草木などがさかんに茂るさまを表す漢字。

※類義語
暗香浮動(あんこうふどう)

※暗香蓊勃の「勃」はこれにくさかんむりをつけた漢字で表記されることもある。

※参考
 島崎藤村の「若菜集」に「暗香」と題した詩が収められています。姉と妹が互いに和歌をやり取りする形式で書かれているのですが、最初の姉の部分に「わかきいのちの/をしければ/
やみにも春の/香(か)に酔はむ」とあるのですが、この闇にも香ってくる春のかおりというのが「暗香」です。

 熟語としては、「暗香蓊勃」よりも「暗香浮動」のほうが実は有名です。この「暗香浮動」という表現は、出典上「暗香疎影」と関係があるので、その回を参照していただければ、と思います。
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2006年07月08日

安居楽業

●38.安居楽業(あんきょらくぎょう)

【意味】自分の今ある状況を心穏やかに受け入れ、楽しんで仕事をすること。また、それぞれが職に楽しく励むということは、世が治まって生活が安定することでもあるから、善政が行われていることも指す。「安居」は、心安らかやかにのんびりと暮していること。また、安全に住める住まいのことを指す。

【出典】『漢書』第六十一巻(貨殖伝<かしょくでん>)「各各其の居に安んじて其の業を楽しみ、其の食を甘しとして其の服を美ず」から。

※類義語
安家楽業(あんからくぎょう)、安土楽業

※「居に安んじ、業を楽しむ」「安居して業を楽しむ」と書き下して読むこともある。

 「安居楽業」は漢書に出てくるように、中国では古来より理想の状態でした。中国ではありませんが、最近では、台湾で陳水扁が総統に就任したとき、その演説ですべての国民が「安居楽業」できる生活を目指すことを言いました。

 安居楽業を完全に実現するのは難しいですが、自分の置かれた状況を不平不満をいわず素直に受け止めることも時には必要なのかもしれません。

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安居危思

●37.安居危思(あんきょきし)

【意味】安全で無事な時こそ、万が一に備えて用心することが大切だ、ということ。「安居」は、心安らかやかにのんびりと暮していること。また、安全に住める住まいのことを指す。

【出典】春秋左氏伝(襄公十一年)「書曰:『居安思危。』思則有備,有備無患。」(書に曰く、安きに居(お)りて危うきを思う、と。思えば則ち、備え有り、備え有れば、患い無し)から。
 ここに出てくる「備え有れば、患(うれ)い無し」ですが、これは殷の傳説(ふえつ)という宰相のことばとされています。

※参考
 「安居」は「あんご」という読みもあります。これは仏教語で、僧侶が、陰暦四月十五日から七月十五日までの間(この期間を一夏(いちげ)という)、外出せず一室にこもって、座禅修行をすることを指します。これを「夏安居(げあんご)」「夏行(げぎょう)」ともいって、夏の季語としても使われます。反対が冬安居(とうあんご)でこれは、陰暦10月16日から翌年の正月15日までです。
 また、596年、蘇我馬子によって創建された日本最初の本格的寺院は「飛鳥寺」ですが、現在は「安居院(あんごいん)」(江戸時代創建)と称され、飛鳥大仏を本尊とする真言宗の寺院です。
  
 平穏なときは、なにも心配することもなく、とてもいいのですが、そういうときにこそなにかことが起こったときのことを考えるべきだ、という戒めの句です。

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安閑恬静

●36.安閑恬静(あんかんてんせい)

【意味】心安らかでゆったりとして、静かなこと。「安閑」も「恬静」も、心安らかで静かなことを指す。悟ったように無欲で心穏やかで静かなさまを指す。

※参考
 夏目漱石は、木瓜(ボケ)の花を評して、「安閑」としていると述べ、できることなら自分も木瓜になりたい、と記しました。それが以下の『草枕』の12章にみられる有名な一節です。
 「木瓜は面白い花である。枝は頑固であつて、曲がつたことがない。そんなら真直ぐかと云ふと、決して真直でもない。只真直な短かい枝に、真直な短かい枝がある角度で衝突して、斜に構へつつ全体が出来上がつて居る。そこへ、紅だか白だか要領を得ぬ花が安閑と咲く。評して見ると木瓜は花のうちで、愚かにして悟ったものであろう。世間には拙を守ると言う人がある。此人が来世に生まれ変わると屹度木瓜になる。余も木瓜になりたい。」
 その少し後に、「木瓜は二十年来の旧知己である。見詰めていると次第に気が遠くなっていい気持ちになる。」とあるところを見れば、木瓜に対する漱石の非常な愛着が感じられます。
 漱石は熊本の五高で教師をしていた時代、「木瓜咲くや漱石拙を守るべく」という句を編みました。これは漱石が熊本に来てから100年を記念して、現在鎌研坂(かまとぎざか)に記念碑が建てられています。

 漱石が木瓜に愛着を感じたのは、華やかさはないが、なにより「拙を守って」のんびりと咲くさまが好ましく思えたからでしょう。漱石は完璧すぎることを、また完璧だと驕ることをむしろ嫌っていました。心穏やかにのんびりと生きること、すなわち「安閑恬静」ということが漱石の生き方の目標であったといえるのではないでしょうか。

 「安閑」には、このように肯定的にとらえる用法もありますが、現在はむしろ「何もしないでのんきにしているさま」として「安閑としてはいられない」という用例があるように否定的に捉えるのが一般的です。忙しい現代社会。できれば肩の力を抜いてのんびりとした心境でいたいところですが、なかなかそうはいかないというのが現状でしょうか。

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2006年07月07日

晏嬰狐裘

●35.晏嬰狐裘(あんえいこきゅう)

【意味】非常に質素な様子。「晏嬰」は斉の宰相で字は仲、晏子のことで名宰相とされる人物。

「狐裘」は、きつねのわきの下の白い毛を集めて作った衣服。その貴重さゆえ、古来より身分の高い人に珍重された。

【出典】礼記(檀弓<だんぐう>下)
 晏嬰は宰相の地位にありながらも日常的に倹約に励んでおり、一枚の狐裘を三十年間も着続けたという故事から。

※同じ故事は『十八史略』にも「一狐裘三十年」としてみえるため、「一狐裘三十年」ともいう。また、この故事の晏嬰の倹約ぶりを強調して、「晏嬰の節倹」ともいう。

※「あんえいこきゅう」は「あんえいのこきゅう」ともいう。

※参考
礼記
 漢代の礼経『儀礼』の注記の意である。前漢の戴徳所伝の85篇(『大戴礼記』)とその甥の戴聖所伝の49篇(『小戴礼記』)があった。後に『大戴礼記』は奮わなくなり『小戴礼記』のみが流行し、現在は特に『小戴礼記』を『礼記』という。「曲礼」「檀弓」「雑記」の3つを上下に分けている。

 「狐裘」を使った表現は他にもいくつかあり、その分大事にされたのが分かります。「狐裘」といえば、「鶏鳴狗盗(けいめいくとう)」のもとになった孟嘗君(もうしょうくん)の故事が有名ですが、これは該当した回に書くことにします。いつになるか…それまで頑張らないと…。

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暗雲低迷

●34.暗雲低迷(あんうんていめい)

【意味】先の見えない不安な状態が続くこと。暗雲が低くたれこめて、なかなか晴れないさまから。「低迷」は、本来「雲・霧など」が低く漂うさまを表す。そこから転じて、「物事の悪い状態がずっと続いている」というよく知られた意味を持つようになったが、これは日本特有の意味である。

※参考
 上のように、現在この語は将来を憂いて悲観的に用いられることばですが、文字通り「暗雲が低くたれこめた」様子を指して使われているので有名なのは、愛媛の長浜町にある出石寺(しゅっせきじ)の開山伝説です。
 養老2(718)年6月17日、猟師作右衛門が追っていた鹿を撃とうと、山に入ったのですが、その時、突然暗雲が低く垂れ込め(暗雲低迷)て、天地が鳴動し光が赤々と輝いたかと思うと、急に鹿が跡形もなく消え、代わりに消えた足下の岩が二つに割れて金色に輝く千手観音の像が現われたのです。
 作右衛門は殺生する生業を悔い、以後道教と名乗りこの仏像を本尊として庵を構え、一生を過ごしましたが、これが出石寺の始まりといわれています。

 型にはまった話といえなくもないですが、「暗雲低迷」というもともとの意味のニュアンスをつかむのにはいい話題なのではないかと思います。

 「暗雲」のように暗いイメージを持つ現象に出会うと、「なにか悪いことが起こるのではないか?」という気にさせられます。それが、積み重なって自然とことばの意味の変遷を生んだのだともいえるのではないでしょうか。

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阿轆轆地

●33.阿轆轆地(あろくろくじ)

【意味】停滞することなく、物事が滑らかに進むこと。また、次々とことばが発せられること。「轆轆」は、車が走るとき、車輪などが回る音を形容した語。また、「阿」は主に親族呼称の前につけて親しみを表す接頭辞のこと。これについては、「阿爺下頷(あやあがん)」を参照。また「地」は副詞をつくる助字。現代の中国語でも頻繁に使われる。よって、この熟語は、「車が音を立てて走っていくように(止まらない)」さまを表す。

※「轆轆」は「漉漉」とも書く。

※類義語
転轆轆地(てんろくろくじ)

※参考
 「轆轆」の「轆」という字はあまり見ませんが、実は「ろくろ」の漢字が「轆轤」でここに使われているのです。これは、一発で変換できます(試してみて下さい)。

 また、「轆」という字は中国語では「ルー」と発音します。台湾には轆轆山という3200メートル級の山があります。台湾は国土が狭いのですが、3000メートル以上の山がそこかしこにあります。非常に山がちな地形なのですね。ちなみに最も高い山が「新高山」で3952メートル。日本統治時代には「にいたかやま」と呼ばれて、富士山を超える日本一の山として知られていて、事実教育現場ではそのように教えられていたといいます。
 それにしても、轆轆山って、その意味を考えると、「ころころ山」というような感じで、語感が面白いですね。まぁ、どうでもいい話ですが(^^)。

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2006年07月06日

阿諛便佞

●32.阿諛便佞(あゆべんねい)

【意味】口先で人に取り入り、ずるがしこく振舞うこと。「阿諛」は相手の気に入るようにおもねりへつらうこと「便佞」は、口先は巧みだが、心に誠実さのないことやそのような人を指す。

※類義語
阿諛追従、阿諛曲従、世辞追従

※参考
 森鴎外『興津弥五右衛門の遺書』に「主君御自身にてせり合はれ候はば、臣下として諫め止め申すべき儀なり、たとひ主君が強ひて本木を手に入れたく思召されんとも、それを遂げさせ申す事、阿諛便佞の所爲なるべしと申し候。」というくだりがある。
 珍しい伽羅の大木の本木(もとき)と末木(うらき)のうちの本木をめぐって弥五右衛門のいる細川藩と伊達藩とで値段の吊り上げ合戦になった。弥五右衛門とともに茶事に使う珍品を探せとの命を受けて派遣された横田清兵衛は、そんなもので大枚をはたくくらいなら、末木のほうでもいいのではないか、と主張したのに対し、弥五右衛門は本木のほうがいいに決まっているのだから、断じて引けない、負ければ伊達藩に屈し、家名を汚すことになるという。
 横田がこれを嘲って、それは力点が違う、そんなことに固執するのはおべっか者(阿諛便佞)のすることだ、と主張したのが上の言です。主君に珍品を買って来いと言われれば、最上のものを買うのが我が使命との立場を崩さない弥五右衛門は結局横田を殺害するに至るのですが…。

 阿諛便佞は以上ですが、先に類義語にあがった「世辞追従」の例を最近見つけました。「これで世間並みの世辞追従が云えると、今頃はもっと出世しているのですが、どうも馬鹿を見ると馬鹿と云いたくなるし、癪に障ると殴りたくなるし…」(山本周五郎「武道仮名暦」<酔いどれ次郎八・所収>)
 口が軽く、思ったことをすぐ口に出してしまうため、すぐに喧嘩に発展してしまう難のある戸来(へらい)伝八郎ですが、物事にこだわらない明るい闊達な性格で朋友からの敬愛も厚い人物。せっかちではあるものの、思慮深い一面があり、やるべきことはしっかりやり遂げるという不思議な人物です。
 山本周五郎の作品には、このような人物像が他にも何篇かに描かれています。個人的に周五郎は大好きな作家なので、機会があればまた例として引きたいと思います。

 今日は、「阿諛」ばかり紹介しました。でも、似たような表現が形を少し変えただけであるということはこのような側面がわたしたちに普遍的にそなわっているということかもしれません。
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阿諛追従

●31.阿諛追従(あゆついしょう)

【意味】相手に気に入られようとしておもねり、へつらうこと。「阿諛」は相手の気に入るようにおもねりへつらうこと、「追従」も他人の気に入るようにこびへつらうことを表す。「追従笑い」ということばがあるが、これは、相手の言動に対して、愛想笑いをするさまを表す。ただし、愛想笑いよりもネガティブな意味で使われる。

【出典】『漢書』「匡衡伝(きょうこうでん)」に「阿諛曲従(あゆきょくじゅう)」とあることから。

※類義語
阿諛曲従、阿諛便佞(べんねい)、世辞追従

 見た目は難しい漢字なのですが、こちらは今でも日常的に広く使われていますね。「権力に阿諛追従する」というようにいくぶん批判的に使われます。
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