2006年09月18日

意気投合

●70.意気投合(いきとうごう)

【意味】互いの気持ちがよく合って、仲良くなること。「投合」とは、人の気持ちなど、二つのものが互いにぴったりと合うことをいう。

※類義語
意気相投、情意投合
「意気相投」に関しては、「意気相投ずる」と読むこともあります。

 非常に良く使われる熟語ですが、気持ちがぴったり合う、という意味で「合」が使われるのは当然ですが、個人的に「投」が使われているのは面白いと思っています。「投」というのは、単純に相手に向かってなげる意味しか持たないのでなく、「殳」という字自体が、上の部分が羽を立てた様子を表して、下の「又」は手を表し、全体として「手で立てる」ことを指すことから、「投」は、相手のいるところに立つかのように、相手におさまるように投げるというニュアンスを持っています。
 したがって、「投合」は、相手をとてもよく意識した表現ということになります。もしこれが「統合」だったら、全体に行き渡るという意味合いで、多くの意見を一つに集約するという意味しか持たず、なにか事務的な響きを感じてしまいますね。
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2006年09月06日

意気沮喪

●69.意気沮喪(いきそそう)

【意味】意気込みを失うこと。やる気をなくすこと。「沮喪」は、気力がくじけ、勢いがなくなることを指し、気落ちしたさまを表す。

※類義語
意気沮喪、垂頭喪気(すいとうそうき)

※対義語
意気軒昂、意気衝天、意気揚揚

※参考(「沮」と「阻」)
 「沮喪」は「阻喪」とも書きます。「沮」と「阻」は、ともに「はばむ」や「くじける」といった意味を持ちます。今ではどちらかといえば「阻」のほうが馴染み深い漢字ですが、『孟子』(巻二「梁惠王章句下」十六)では、「有臧倉者沮君」(臧倉<ぞうそう>なる者有りて君を沮む)とするくだりがあり、「はばむ」を表記するのに、「沮」を用いています。
 もともと「且」という字は、物を積み重ねたさまをあらわした象形文字です。沮はそれにさんずいを加えることで、水が重なって干かないさまを指して、阻はこざと(阜)へん(土もりを指す)を加えることで、土や石が積み重なって行く手をはばむことを指します。水と土の違いはあれど、ニュアンスは似ているため、この意味ではほぼ同視して用いられるようになったということができます。
 ちなみに「臧倉」とは、魯の平公のお気に入りの近臣です。上記の引用部は平公が孟子に会いに行こうとした際、臧倉が「礼儀も知らぬ一平民のためにどうしていく必要があるのか」と主張したため、平公が会いに行くのを取りやめたという話の一節です。このとき、楽正子(がくせいし)が、孟子に対し、事情を話したところ、孟子は、「人が出かけるのも出かけないのも人がそうさせるのではなく、あくまで天命のためにそうなるのだ」と答えました。

 「意気消沈」のところでも触れましたが、「意気阻喪」は意気込みがなくなることに重点があるのに対し、「意気消沈」は、むしろ感情的にふさぎこんでしまうことに力点があります。とはいえ、ともに意気込みが失われることには変わりありません。日常生活では、あまり陥りたくない状態といえます。いかにしてこの状態から脱却していくか、が重要ですね。結局は前向きに考える、など内面との格闘になってしまうのかもしれませんが。

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2006年08月14日

意気衝天

●68.意気衝天(いきしょうてん)

【意味】意気込みが非常に盛んなこと。「衝天」は、天を衝く(つく)こと。転じて勢いのさかんな状態を表す。意気込みが天を衝くほどに勢いが激しいということから。

※類義語
意気軒昂、意気揚揚
→意気軒昂は、「軒」と「昂」という高く上がる意味を持つ漢字を二つ重ねたように、意気が盛んなことを表しますが、「意気衝天」は、その語気をさらに強めたものとなっています。

※対義語
意気消沈、意気阻喪、垂頭喪気(すいとうそうき)

※参考
 「衝天の気」というのが禅の公案(問題)にあります。「衝天」というのは、「天を衝く」ということなので、天を衝くほどの激しい気です。山岡鉄舟が、ライバルだった浅利又七郎と対戦するとなぜか勝てず悩んでいた折、天龍寺の僧、滴水和尚(1822〜1899)のもとで参禅した際、和尚は、ただ無になるのが良いとして、
「両刃鋒(ほこ)を交えて避くるを須(もち)いず、好手(こうしゅ)還(かえ)りて火裏(かり)の蓮(はちす)に同じ、宛然(えんぜん)自(おの)ずから衝天の気あり」という公案を鉄舟に与えました。当初は、この意味がつかめなかった鉄舟でしたが、後に「無刀流」の開祖となったのはよく知られています。


 天を衝くほどのすさまじい意気込みというのも時には必要だな、と思います。意気込みが空回りしてはいけませんが、心を強く持つのと、持たないのとでは結果に大きく違いが表れるというのは度々感じますよね。

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意気消沈

●67.意気消沈(いきしょうちん)

【意味】元気がなくなって、沈み込むこと。「消沈」は、気力などが衰えること。消えうせること。「消沈」は、「銷沈」とも書く。

※類義語
意気阻喪、垂頭喪気(すいとうそうき)
→「意気阻喪」は、意気がなくなることに重点があるのに対して、「意気消沈」は、むしろ感情的に沈み込んだり、ふさぎこむということに重点を置いた表現です。また、「垂頭」とは、「頭をたれる」ことを表します。

※対義語
意気軒昂、意気衝天、意気揚揚

※参考
 「消沈」=「銷沈」ですが、「銷」という漢字は、金へんということからも分かるように、もともとは、金属を溶かす、溶ける、という意味でした。そこから派生して、単に何かがすり減ったり、弱まったりする、「消」と同じ意味合いが生まれました。
 また、「銷」は、売れ残りの品物(滞貨)がすり減る、ということから、「商人が品物を売りさばく」という意味も持っています。あまり見かけませんが、「銷路」(しょうろ)といえば、「販路、売れ行き」を意味します。


 「意気・・・」を使った表現はたくさんありますね。漢字の組み合わせによって微妙にニュアンスが異なるのですが、総じていえば、意気が高揚するか、衰退するかで場合分けができることが多いです。漢字はもともと組み合わせが自在で、いろんな漢字と結びつくということに加え、「意気」ということば自体が内面を表したものだから、表現の種類が多いのだと思います。

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2006年08月06日

意気自如

●66.意気自如(いきじじょ)

【意味】普段と変わらず、平然としているさま。「自如」は、態度も変えず、平気でいるさまを表す。「自若」と同じ意味。

※類義語
意気自若、泰然自若

※参考
 「自如」よりむしろ同じ意味の「自若」という表現の方が一般的に使われているように思います。「意気自若」という表現は、『後漢書』巻十八の呉漢伝に「漢意気自若、方整厳器械、激揚士吏。」としてみられます。呉漢は、後漢の初代光武帝・次代明帝に仕え、二十八将にも任ぜられた人物です。
 
 
 どんなことがあっても平然としていられる、というのはとてもうらやましいです(自分がそうではないので・・・)。少々のことでは動じない、という強い気概を持ちたいものだ、と心では思ってはみるのですが、これがなかなか・・・。

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2006年08月05日

意気軒昂

●65.意気軒昂(いきけんこう)

【意味】意気込みが盛んなさま。「軒昂」は、気持が奮い立つさまの意。「軒」も「昂」も高く上がる意味を表す。

※類義語
意気揚揚、意気衝天

※対義語
意気消沈、意気阻喪

※参考
 意気軒昂は、それを直接使った故事はありませんが、「軒昂」に関しては、『三国志』の呉書に「卓受任無功、應召稽留、而軒昂自高、三罪也。」とする記述があります。「董卓(とうたく)は任務を受けても戦功が無く、招きに応じるが留まり、それなのに気持ちを高ぶらせて自らおごっている、それが三つ目の罪だ」ということで、武将・張温が外から招いた董卓という人物に対し、孫堅が張温に不満をぶつける場面です。三つの罪を挙げていますが、一つ目は、主君になる張温を敬う気持ちがない、ということ、二つ目は、進軍することが望まれるのに、進軍することを妨害している、ということを主張しています。結局、張温は、その進言を受け入れなかったのですが・・・。


 意気軒昂は、とてもよく使われる表現です。権勢があり、血気盛んな人に対して用いられることが多いですが、意気込みの強さと失敗は、表裏一体ともいえるので、失敗しないように注意しつつ、積極的に行動していくということが望まれます。

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2006年08月04日

衣冠束帯

●64.衣冠束帯(いかんそくたい)

【意味】公家の正装をいう。「衣冠」は、昔、公卿が宮中へ出るとき着用した略式の礼装。これに対し、「束帯」は、天皇以下、中央・地方の役人が朝廷の政務や儀式のときに着た正装用の礼装のこと。最高の正装である「束帯」と、それに次ぐ正装である「衣冠」とを合わせた語。

※参考
 衣冠を「宿直(とのい)装束」と呼ぶのに対し束帯は「昼(ひの)装束」と呼ばれます。「束帯」は、もともと『論語』公治長篇の「束帯立於朝」(束帯して朝<ちょう>に立ち)「礼服を着て、朝廷に立って」によった名称です。

 束帯の構成は、上衣が、半臂(はんぴ)・下襲(したがさね)・袙(あこめ)・単(ひとえ)という肌着を着た上で袍(ほう/うえのきぬ)を着用、冠をつけます。下衣は、表袴(うえのはかま)・大口(おおぐち)をはきます。付属品に石帯(せきたい・革帯で、装飾のある有文<うもん>のものと、装飾のない無文<むもん>のものがあった)・魚帯(ぎょたい・石帯の腰右側に付ける飾り)・襪(しとうず、靴下のこと)・靴(かのくつ)・笏(しゃく)・桧扇(ひおうぎ)・帖紙(たとう)などがあり、武官や勅許を得た文官は別に平緒(ひらお)という装飾用の帯を用いて、太刀を帯剣しました。
 袍には、二種類があって、文官と四位以上の武官は「縫腋(ほうえき)の袍」に垂纓(すいえい)の冠を、それ以下の武官は「闕腋(けってき)の袍」を用い巻纓(けんえい)の冠を着用しました。

 「衣冠」は、束帯から石帯や半臂(はんぴ)・下襲(したがさね)・袙(あこめ)などを略したものです。袴も指貫(さしぬき)というゆったりとしたもので、垂纓の冠をかぶり、扇を持ちます。束帯とは違って衣冠には文官と武官の区別がありませんでした。


 日本の古き礼装です。身分社会だったので、服装ひとつをとってもきまりがありました。特に束帯はたくさんつけるものがあり、大変さも際立っています。次第に束帯は儀式用の服装で、衣冠は宮中での勤務服として定着していきました。
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2006年08月03日

遺憾千万

●63.遺憾千万(いかんせんばん)

【意味】この上なく残念で悔しいこと。「遺憾」は、憾(うら)みを遺(のこ)す意。思い通りにいかず心残りでくやしいこと。「千万」は、数や量が多いこと。特に名詞の下に付いて、その名詞の程度が甚だしいことを指す。「無礼千万」「苦労千万」などもこの例にあたる。

※類義語
残念至極

※参考
 「遺憾」は、本来は残念だと言うほどの意味で、謝罪までの意味を含みません。その点からすれば、「・・・は遺憾だ」と謝罪した、と表現するのは誤りということになります。遺憾だけでなく、申し訳ないなど、謝罪を意味することばが入ってはじめて謝罪を意味することになります。
 この「遺憾」にいう「憾」ですが、これは存外軽い意味合いを表します。字形は「心+咸」で残念な感じが強いショックとして心に残ることを指します。古くは、『論語』(巻三・公冶長第五)に「子路曰、願車馬衣輕裘、與朋友共、敝之而無憾。」(子路曰わく、願わくば車馬衣裘、朋友と共にし、之を敝<やぶ>るとも憾み無けん。)として「憾み無し」という形で出てきますが、これは、車や馬、着物や毛皮を友達とともに使って、これが傷んでもくよくよしたりはしない、といった意味です。
 これに対し、「恨」は、心中にいつまでも傷あとを残すような残念さを指し、「憾」より残念だという意味合いが強いものです。字形は、「心+艮(こん)」で、「艮」自体は「目+匕(ナイフ)」からなり、ナイフを突き刺して、目のふちに入れ墨をし、いつまでも痕を残すことを指します。

 夏目漱石の『吾輩は猫である』には、「昨日は一刻のひまを偸(ぬす)み、東風子にトチメンボーの御馳走を致さんと存じ候処、生憎(あいにく)材料払底の為め其意を果さず、遺憾千万に存候。……」(手紙の一節)として「遺憾千万」が出てきます。
 また、冒頭に近い場面では、「十四時間の出来事を洩れなく書いて、洩れなく読むには少なくも二十四時間かかるだろう、いくら写生文を鼓吹する吾輩でもこれは到底猫の企(くわだ)て及ぶべからざる芸当と自白せざるを得ない。従っていかに吾輩の主人が、二六時中精細なる描写に価する奇言奇行を弄するにも関らず逐一これを読者に報知するの能力と根気のないのははなはだ遺憾である。遺憾ではあるがやむを得ない。休養は猫といえども必要である。」と、我輩=猫の視点から主人に対するぼやきが述べられています。読者に主人の行動を読者に知らせる能力と根気がないのは「遺憾」だとしています。


 これらからいえば、「遺憾」ということばは、やはりそれほど重くないことばといえそうですが、最近の「遺憾」の語の氾濫によって、このことばが「重くない」から「軽い」ものになってしまったように感じます・・・。

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2006年08月02日

衣冠盛事

●62.衣冠盛事(いかんせいじ)

【意味】名家に生まれ、その家の名声や権勢を引き継ぐ者のこと。「衣冠」は、@服と冠のこと。転じてA衣服と冠をつけた身分の高い官吏のこと。また、Bそれらを着用できる立派な家柄も指す。「盛事」は、盛大な事業や催しのこと。

【出典】北宋・欧陽脩『居士集』(巻七十九)「唐将相之後、能以勲名継其家者、亦秉筆者記之号称衣冠盛事。」から。「秉」は、手に持つ意。

※参考
 「衣冠」について、@の意味では、『論語』(尭曰第二十・二章)に「君子正其衣冠、尊其瞻視、儼然、人望而畏之、斯不亦威而不猛乎」(君子は其の衣冠を正しくし、その瞻視を尊くし、儼然たり、人望みて之を畏る、斯れ亦た威にして猛からざるにあらずや)とあります。「上に立つ者が、衣服や冠を整えて、目つきを厳かにしていると、人々はこれをながめて恐れ入る、これこそが、威厳があっても烈しくないということではないか」と孔子が子張に語っている部分です。
 また、Aの意味では、杜甫の詩「秋興八首」(其四)に「文武衣冠異昔時」(文武の衣冠昔時に異なる)として用いられています。
 Bの意味では『後漢書』(巻四十六)で、「家世衣冠」という記述がみえ、代々役人をつとめる家柄という意味合いで用いられています。


 歴史上でも、偉大な人物の二世に当たる人でめざましい活躍をした人はまれであるように、一般的にも名声を引き継ぐということはやはりとても難しいことだといえます。「衣冠盛事」にあたる人というのは、その分賞賛されてしかるべき存在だということでしょう。

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2006年08月01日

易往易行

●61.易往易行(いおういぎょう)

【意味】容易な行法によって、極楽往生することができること。「易往」は、容易に往生することができること。「易行」は、容易な行法のこと。ここでは、阿弥陀仏にすがって、念仏をとなえることで、特に浄土教の「他力本願」の思想を指す。これに対するのが、「難行」で自力で悟りを得ようとすること。

※類義語
易往易修、易行易修

※対義語
難行苦行

※参考
 仏道の修行には難行と苦行がある、とするのは、既に竜樹の『十住毘婆沙』(易行品<いぎょうぼん>・九)にみられます。そこでは、「世間の道に難あり易あり。陸道の歩行は苦しく、水道の乗船はすなはち楽しきがごとし。菩薩の道もまたかくのごとし。菩薩の道もまたかくのごとし。」と、難行を陸路、苦行を船旅にたとえています。 
 少し時代が下って北魏の僧・曇鸞は、『往生論註』でこの『十住毘婆沙』を引用し、「謹んで案ずるに、龍樹菩薩の『十住毘婆沙』に云く、菩薩阿毘跋致を求めるに、二種の道有り。一には難行道、二には易行道なり。難行道とは、謂く五濁の世、無仏の時において、阿毘跋致を求めるを難とす。・・・易行道とは、謂くただ信仏の因縁を以て、浄土に生ぜんと願ずれば、仏の願力に乗じて、すなわち彼の清浄の土に往生することを得。仏力住持して、すなわち大乗正定の聚に入らしむ。正定はすなわちこれ阿毘跋致なり。譬えば水路の乗船はすなわち楽しきがごとし」としています。
 ここで、阿毘跋致とは、サンスクリット語のアビバッチを漢字に当てたもので、不退転を意味します。また、五濁は、五濁悪世(ごじょくあくせ)ということばとしても用いられます。この五濁については、「安楽浄土」の項で、書きましたので参照していただければ、と思います。
 このような仏道の修行では、むしろ易行が重要だ、とする他力本願の思想は、だいぶ後になりますが、親鸞の思想に影響を与えます。
 

 易往易行とは、特に浄土教でいわれる思想ですが、このように仏教語を基にしたものが多いのも、四字熟語の特徴です。

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2006年07月31日

伊尹負鼎

●60.伊尹負鼎(いいんふてい)

【意味】大望を叶えるために、まず自らを卑下すること。「伊尹」は、殷(商)初に活躍した政治家で、湯王(とうおう)を助け、夏の桀王(けつおう)を滅ぼして殷の成立に大きく貢献した人物。湯王は敬意を表して阿衡と称した(ここから「阿衡の佐」という表現が生まれた)。「鼎」は、3本の足をもち、物を煮るのに用いる金属製または土製の容器のこと。後に王侯の祭器、礼器となった。

【出典】司馬遷『史記』の殷本紀にみられる。伊尹は鼎を背負い料理人として殷の湯王に接近し、やがては宰相となり、国政を動かすまでになったという故事から。

※参考
 宮城谷昌光さんが、『天空の舟 小説・伊尹伝』(上・下)でこの伊尹の生涯について記しています。伊尹はとにかく色々な伝説がある人で、出生の時にも伊尹の母が「水に臼が浮かんだら、東に駆けて、決して振り向いてはならない」というお告げに反したことで、大洪水に巻き込まれましたが、その時、母が空桑(中に空洞のある桑)の大木と化し、その幹から伊尹が生まれたという話があります。
 湯王の片腕となって活躍した伊尹ですが、『竹書紀年』という書には、「伊尹即位、放太甲七年、太甲潛出自桐、殺伊尹」とあり、「伊尹が即位し7年間在位したのち太甲に殺された」となっていてこの点も謎となっています。


 歴史上の人物を基にした表現というのは、多くありますが、そうした表現が残るのも人物そのものに魅力があって、長く語り継がれるような存在であるということが挙げられるでしょう。伊尹という人物が、今でも時々話題にのぼることがあるのは、その逸話もさることながら、やはり人物自体に魅力があるからだといえます。

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2006年07月30日

依依恋恋

●59.依依恋恋(いいれんれん)

【意味】恋い慕うあまり離れられないさま。「依依」は、思い慕って離れにくいさま。また、木の枝などがしなやかなさまを指す。「恋恋」は、思い焦がれていつまでもあきらめきれないさま。また、執着して未練がましいさまを指すこともある。この場合、どちらも前者の意味で用いられている。類似した語を重ねて用いることで、あきらめきれない思いを強調した表現。

※参考
 「帰園田居」(園田の居に帰る)という陶淵明(陶潜)の有名な漢詩がありますが、全5首あるうちの1首目に「依依墟里煙」(依依たり墟里の煙)という部分があります。「曖曖遠人村」(曖曖たり遠人の村)と対になって用いられていますが、ここでの「依依」は、懐かしさのあまり離れにくいという意味合いで、「依依恋恋」の「依依」と同じ意味で使われています。
 陶淵明は、もともと下級貴族の出で、官職の道についていたのですが、41歳より故郷の田園に帰りました。「帰去来の辞」というよく知られた詩はこのときに書いたものですが、この後も故郷での田園の生活を歌った詩を発表し、田園詩というジャンルで新たな境地を切り開きました。「帰園田居」もその一つで、故郷を思う気持ちが述べられています。


 誰かを(何かを)あきらめきれないほど深く思うということは、人としてとても根源的なことなのではないか、と思います。あまり意識してないけれど、ふと心惹かれてしまうということは、誰しも経験があることではないでしょうか。

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2006年07月29日

唯唯諾諾

●58.唯唯諾諾(いいだくだく)

【意味】事のよしあしに関わらず、人の言うことに従うさま。「唯唯」は、かしこまって承諾するときの返事のことば。「諾諾」は、他人の言葉に逆らわずそのまま承諾するさま。「唯」は、かしこまって急いで答える返事で、相手に敬意を払う意味合いがある。「諾」は、やや間をおいてゆっくりと考えて答える返事。

【出典】『韓非子』(八姦編)
「此人主未命而唯唯,未使而諾諾,先意承旨,観貌察色,以先主心者也。」(此れ人主、未だ命ぜずして唯唯、未だ使わずして諾諾、意に先んじ旨<むね>を承<う>け、貌<かお>を観、色を察し、以て主の心に先んずるなり)から。
 『韓非子』の八姦は、臣下が主君の権力を侵害する8つの計略について論じ、その対処策を述べた編です。八姦とは、「同牀」「在旁」「父兄」「養殃」「民萌」「流行」「流行」「威強」のことで、それぞれはごく簡潔に述べられています。以下のような意味です。

・同牀(どうしょう)・・・主君の色欲につけこんで、寵愛する者を通じて主君を動かす。

・在旁(ざいぼう)・・・主君が寵愛する近臣に取り入って、それらを買収して機嫌をとり、主君の心を自分に都合のいいように誘導する。

・父兄(ふけい)・・・主君と親しい親類や大臣(これも君主の縁者が多い)に頼み込む。

・養殃(ようおう)・・・家臣が民の力で宮殿を飾り、また賦税を重くして女性を美しく装わせることで主君の歓心を買い、さらなる欲望を引き出そうとする。

・民萌(みんぼう)・・・家臣自らが下に利益を与えて大衆を味方につけて、主君を孤立させる。

・流行(りゅうこう)・・・家臣が国中の論者たちを買収して自らに有利な議論を流布させ、君主の心を動揺させる。

・威強(いきょう)・・・民萌の逆。私党を募って下に威力を示し、助勢する者には利益を与えるが、助勢しない者には必ず死が待っていると示すことで、大衆を震え上がらせて実権をつかむ。

・四方(しほう)・・・家臣自らが国庫を使い大国にとりいって、その外圧によって主君を動かす。

 上記の故事は、2番目の「在旁」から出ていて、意味は「主君がまだ何も命令してないのに『はい、はい』と言い、まだ何もさせていないのに『はい、はい』と言って、意志表示より先にその旨を理解し、顔色を見て、主君の心を先どりする」というもので、このような人物は、挙措を同じくするものだから、これらが買収されると、主君の心に影響を与えるとしています。

※参考
 司馬遷の『史記』には、「千人之諾諾、不如一士之諤諤」(千人の諾諾は、一士の諤諤に如かず)という一節があります。「権勢に従順な千人の部下がいたとしても、自らの信念を持って直言する一人の部下には及ばない」という意味です。

 もともと「唯」と「諾」は、上記のように微妙に意味合いが異なっていたのですが、「はいはい」と相手の意見に従う点で同じで、「唯唯諾諾」という表現にみられるように、やがて両者が一体となって用いられることが多くなりました。


 八姦は、主君の人心を捉える策をうまくまとめたものだと思います。また、このような類型は封建社会だから意味を持ったというだけでなく、今でも広く通じるものといえそうです。

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2006年07月28日

以夷制夷

●57.以夷制夷(いいせいい)

【意味】外敵を利用して他の外敵を制すること。他人の力を利用して自分に利するようにはかること。「夷」は、東方の未開の異民族のこと。古代中国では自らを民族文化の中心とする中華思想から、周辺の異民族を東夷(とうい)・西戎(せいじゅう)・北狄(ほくてき)・南蛮(なんばん)[これらを総称して「夷蛮戎狄(いばんじゅうてき)」という]と呼んで蔑視していた。東夷には、倭や朝鮮を、北狄には、匈奴や鮮卑などを含んでいた。総じて外敵を指す。

【出典】『後漢書』(とう訓伝/「とう」は登+おおざと)「議者咸以羌胡相攻,県官之利,以夷伐夷,不宜禁護」から。ここでは「以夷伐夷」(夷を以て夷を伐<う>つ)と表記されていた。

※「夷を以て夷を制す」と書き下して読むこともある。

※参考
 また、北宋の王安石の碑文には、「兵法所謂以夷攻夷」とあり、「以夷攻夷」(夷を以て夷を攻む)と表記されています。意味は「以夷制夷」とほとんど同じです。

 中華思想に関してはいくつか留意すべき点があります。「中華」とは、世界の中心にある最も華やいだ文明国の意味ですが、もともとは中原(黄河下流地域)以外の周辺国を文化水準の劣った国とみなし、中原(特に現在の河南省あたり)を「華」とした概念でした。また、中華の華はもともと古代の夏王朝の「夏」から「中夏」と表記されていました。
 中華思想は、かなり古くから20世紀の初頭まで中国社会のあらゆる側面を覆うものでしたが、これに類する概念は中国だけにとどまらず、歴史的には広く他の国々にもみられたものでした(もちろん中国が際立っていましたが)。また、中華と夷の区別は相対的なもので、中国の社会や文化に同化すれば、中華と認められたといわれています。


 「以夷制夷」は、政策、特に外交の面で使用されることが多いことばです。もともとは中国が周辺民族対策に用いた伝統的政策で、外敵同士を戦わせることで、自らは何もしなくとも外敵の圧力をそごうというものでした。現代では、「敵の敵は味方」ということばとあいまって非常によく知られたことばになりました。しかし、「敵」と「味方」とを厳然と区別することは外交の本来の姿にはあまりそぐわないものだとも思うのですが・・・。

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2006年07月27日

安楽浄土

●56.安楽浄土(あんらくじょうど)

【意味】心身に苦痛がなく、汚れや迷いもない楽しくのんびりとした国土のこと。「安楽」は、心身に苦痛がなく楽しくのんびりとしていること。「浄土」とは、汚れや迷いのない世界(国土)のこと。主に人間の住む世界を「穢土(えど)」というのに対比して用いられる。西方浄土往生の思想が盛んになるにつれて、仏教でいう阿弥陀仏の西方極楽浄土を指すようになった。

※類義語
極楽浄土

※参考
 「安楽」の語は、もとは『孟子』告子下・十五に「知生於憂患而死於安楽也」(憂患に生じて安楽に死するを知るなり)として出てきます。これは、憂患の中にあってこそ生き抜くことができて、安楽にふければ必ず死を招くといった意味で、どちらかというと「安楽」を否定的にとらえていっています。

 親鸞が著した『浄土和讃』には、「安楽浄土にいたるひと/五濁悪世にかへりては/釈迦牟尼仏のごとくにて/利益衆生はきわもなし」とあります。つまり安楽浄土にいたった人は、五濁悪世の世界に返ってきても、まるで釈迦如来のように、衆生を自在に救うことができるといった意味です。
 ここに、「五濁悪世(ごじょくあくせ)」とありますが、これは、五つのけがれに満ちた悪い世界を指す仏教語です。五濁とは、「劫濁・見濁・煩悩濁・衆生濁・命濁」とされ、以下のような意味です。

1.劫濁(こうじょく)・・・天災・疾病・争乱などが起ること。

2.見濁(けんじょく)・・・誤った考えがはびこること。

3.煩悩濁(ぼんのうじょく)・・・人々が煩悩によりさまざまの罪を犯すこと。

4.衆生濁(しゅじょうじょく)・・・人々の心身の資質が堕落すること。

5.命濁(めいじょく)・・・人々の寿命が短くなること。


 安楽浄土というのは、仏教語としては、人間の世界を良くないものとしてとらえ、それを超越したものとしてとらえた表現なので、そもそも現代社会にはなじみにくい概念といえます。心配することなく生活するということは、たしかにうらやましいことですが、心配する中でまた新たな人間性を見出だしていくこともまた重要な側面だといえます。

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2006年07月26日

按兵不動

●55.按兵不動(あんぺいふどう)

【意味】好機が来るのをじっと待つこと。「按兵」は、軍隊をおさえて出発させないこと。「按」は手で(上から下へと)おさえる意。「不動」は、動かないこと。兵をおさえて動かさずじっと好機が来るのを待つ意から。

【出典】『呂氏春秋』(恃君覧<第20巻>召類<第4篇>)「趙簡子按兵而不動」(趙簡子兵を按じて動かず)より。趙簡子は中国春秋時代の晋の政治家である趙鞅(ちょうおう)のこと。趙襄子(趙無恤)の父にあたる。

※類義語
按軍不動

※参考
『呂氏春秋』
 秦の呂不韋(りょふい)が食客3000人を集め、先秦における諸学説や伝説・知識を文章化させたものです。全体で26巻160篇あり、十二紀(1年12ヶ月を春夏秋冬に分け、さらにそれを孟・仲・季の三節に分けたもの)・八覧・六論の3部門で構成されています。当時のあらゆる思想が述べられていてさながら百科全書のような趣があるといわれます。出来栄えには、呂不韋も自負するところがあり、本書完成にあたっては、書を都の咸陽(かんよう)の城門にかかげて、一字でも訂正できるものがあれば、千金を与えるといったとされます。この故事から「一字千金」という語が生まれましたが、これについてはまた該当回で取り上げることにします。


 何か心が晴れないことがあると、つい理非を別にして行動しなければ、と思うものですが、そんな時は、按兵不動、じっと我慢して機が熟するのを待つことにより、事態が好転することがあるということですね。

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2006年07月25日

安分守己

●54.安分守己(あんぶんしゅき)

【意味】自らの本分をわきまえて生きること。「安分」は、自らの本分に安んじること。現在の立場や境遇に満足すること。「守己」は、自らの身を持すること。

【出典】宋・袁文『甕[片+(戸/甫)]閑評(おうゆうかんひょう/「甕」は酒や水を入れるかめ、「ゆう」は窓の意)』第八巻「彼安分守己、恬于進取者、方且以道義自居、其肯如此僥幸乎?」から。
 安分守己は「分に安んじて己を守る」と読む。

※類義語
知足安分

 安分守己は、いわば「身の程を知って」さらに、それを踏まえて生きることなので、「身の程知らず」は、正反対の語といえます。
 「身の程を知る」とは、士農工商のように厳然とした身分社会があった時代に特に意味を持った概念でした。武士とそれ以外が身分として大きく違っていた時代です。そこでの「身の程」は、いわば外からの制度による側面が強いものだったといえます。
 しかし、今は少なくともそのような区別はなくなった以上、身の程を知って、つまり安分守己に即して生きることが、個人の内面により依拠するようになったといえるかもしれません。自らを律することは義務ではない以上、自分から欲さないと実現できない概念になりました。
 また、現代は価値観が多様化し、その尺度もまた多様化したため、どれだけ自分を律すればよいのかということが分かりにくくなっているということもできます。この点で「安分守己」に即して自分らしく生きるということがだんだん難しくなってきているといえますが、またその分この語の持つ意味合いの価値も高まったということができます。

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2006年07月24日

安穏無事

●53.安穏無事(あんのんぶじ)

【意味】何ら変わったこともなく、安らかで穏やかなこと。「安穏」は、安らかで穏やかなこと。「無事」は、これといって変わったこともなく、穏やかであること。よって、この熟語は、同じような意味の熟語が組み合わされて成り立っている。

※類義語
平穏無事

※参考
 豊臣秀吉はしばしば「惣無事令(そうぶじれい)」という法令を出し、大名間での私闘を禁じましたが、ここでの「無事」は、上の安穏無事の「無事」と同じです。1585年10月に九州地方、1587年12月に関東・奥羽地方に向けて出されましたが、九州の島津氏と関東の北条氏が反発したため、九州征伐、小田原征伐に続いていくことになりました。 

 また、「無事」という語は、上記の意味以外に文字通り「することがない」ということから、「ひまなこと」を指すこともあります。杜甫の詩『示従孫済』に「諸孫貧無事、宅舎如荒村」(諸孫は貧しくて事無くなく、宅舎は荒村のごとし)とありますが、この「無事」は、手持ち無沙汰ですることがないという意味です。


 安穏無事といえば、何も事件がない状態がそれに当たりますが、現代社会にあってそのようなことはありえなくなっています。特に最近はニュースを見ていても心が痛むような事件が多く、とても残念に思います。

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2006年07月23日

安寧秩序

●52.安寧秩序(あんねいちつじょ)

【意味】世の中が穏やかで、秩序が維持されていること。「安寧」は、世の中が穏やかで平和なことを指す。

※参考
 司馬遷の『史記』(秦始皇本紀)に「天下無異意則安寧之術也」(天下に異意無きは、則ち安寧の術なり)としてみられます。「異意」とは、上位の者に反逆する心、離反の心で、異心や異志と同じ意味です。つまり、天下に離反心がないということが、「安寧」だといっています。

 「安寧秩序」自体は、良いニュアンスを当然に持ちますが、歴史上は、しばしば統制を正当化することばとして用いられました。
 大日本帝国憲法の第28条は、「日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス」として、安寧秩序を乱さないということが、信教の自由を構成するひとつの根拠とされています。また、同じく第59条には、「裁判ノ対審判決ハ之ヲ公開ス但シ安寧秩序又ハ風俗ノ害スルノ虞アルトキハ法律ニ依リ又ハ裁判所ノ決議ヲ以テ対審ノ公開ヲ停ムルコトヲ得」として、裁判所の対審を公開するのにも、安寧秩序を乱していないか、が要件となされました。

 また、明治26年の出版法もその第19条に「安寧秩序ヲ妨害シ又ハ風俗ヲ壊乱スルモノト認ムル文書図画ヲ出版シタルトキハ内務大臣ニ於テ其ノ発売頒布ヲ禁シ其ノ刻版及印本ヲ差押フルコトヲ得」として、 同様に制限が加わっています。


 安寧秩序をもっぱら正当化の理論として根拠付けるのはかなり問題ですが、世の中が平和のうちに治まるのは、国家である以上、理想であることには間違いありません。その状態を完全に実現するのはほとんど無理なことですが、いかにして安寧秩序の状態に近づけていくかは、政策上とても重要であるといえます。

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2006年07月22日

暗中模索

●51.暗中模索(あんちゅうもさく)

【意味】暗闇の中で手探りで探すこと。転じて、手がかりのないまま、いろいろと試しにやってみることを表す。「模索」は、手探りで物を探すこと、状況が不明の中で方法を探究することを指す。現在は「暗中模索」と一般的だが、出典の表記にも見られるように、もとは「暗中『摸索』」である。

【出典】『隋唐嘉話(ずいとうかわ)』の以下の部分から。
 「許敬宗性軽傲、見人多忘之。或謂其不聡。曰『卿自難記、若遇何・劉・沈・謝、暗中摸索者亦可識之。』」より。

 唐の政治家だった許敬宗(きょけいそう)は、狡猾で冷酷無情な性格で女性の武則天(則天武后)を擁立し権勢を振るった人物ですが、文才に優れ、著作郎になり国史の編纂などを行うといった一面もありました。
 彼は、忘れっぽくて会った人の名前も忘れることが多かったでのですが、そのときに、ある人が「もし、何晏(かあん)、劉てい(「てい」は木+貞)、沈約(しんやく)、謝霊運(しゃれいうん)といった有名人に会ったら、暗い中を探ってでも見知ろうとするだろう」と言ったというのが上の原文の部分です。」

※参考
 松尾芭蕉の『奥のほそ道』の「象潟(きさかた)」の一節に
 「闇中に模索して「雨もまた奇なり」とせば、雨後の晴色またたのもしきと、蜑(あま)の苫屋に膝を入れて、雨の晴るるを待つ。」という部分があります。意味は、「暗やみの中を手さぐりするようにして見る雨中の夜景がこんなにも素晴らしいのだとすれば、さらに雨が上がったあとの景色はどんなにすばらしいだろうと期待をかけて、小さな漁師のあばら屋にわずかに膝を入れて、雨のあがるのを待つ。」というものです。蜑とは、漁師のことです。
 この一節は、唐の蘇軾(そしょく)の詩「飮湖上初晴後雨」の言を踏まえたものです。

水光瀲艶晴方好(艶はさんずいが要ります)
山色空濛雨亦奇
欲把西湖比西子
淡粧濃抹総相宜

水光 瀲艶(れんえん)として 晴れ方(まさ)に好し
山色 空濛(くうもう)として 雨も亦(ま)た奇なり
西湖を把(も)りて西子に比せんと欲すれば
淡粧濃抹総(す)べて相宜(よろ)し

水面にはさざ波のしきりに起って、晴れてちょうど良い
山の色がぼんやりと曇り、雨の景色もまた良いものだ
西湖を西施と比べようとするならば
薄化粧も濃い化粧も(晴れでも雨でも)、どちらもなかなか良いものだ

 ここで「雨亦奇」は上の一節の「雨もまた奇なり」という部分に、また雨の上がった景色は、「晴れ方に好し」という部分を意識したものと考えられます。


 暗中模索は、とても一般的な用語として使われています。1000年以上もの歴史を経て、なお使われているというのは、不思議なことでもあり、ドラマチックな感じもします。
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