2006年08月03日

遺憾千万

●63.遺憾千万(いかんせんばん)

【意味】この上なく残念で悔しいこと。「遺憾」は、憾(うら)みを遺(のこ)す意。思い通りにいかず心残りでくやしいこと。「千万」は、数や量が多いこと。特に名詞の下に付いて、その名詞の程度が甚だしいことを指す。「無礼千万」「苦労千万」などもこの例にあたる。

※類義語
残念至極

※参考
 「遺憾」は、本来は残念だと言うほどの意味で、謝罪までの意味を含みません。その点からすれば、「・・・は遺憾だ」と謝罪した、と表現するのは誤りということになります。遺憾だけでなく、申し訳ないなど、謝罪を意味することばが入ってはじめて謝罪を意味することになります。
 この「遺憾」にいう「憾」ですが、これは存外軽い意味合いを表します。字形は「心+咸」で残念な感じが強いショックとして心に残ることを指します。古くは、『論語』(巻三・公冶長第五)に「子路曰、願車馬衣輕裘、與朋友共、敝之而無憾。」(子路曰わく、願わくば車馬衣裘、朋友と共にし、之を敝<やぶ>るとも憾み無けん。)として「憾み無し」という形で出てきますが、これは、車や馬、着物や毛皮を友達とともに使って、これが傷んでもくよくよしたりはしない、といった意味です。
 これに対し、「恨」は、心中にいつまでも傷あとを残すような残念さを指し、「憾」より残念だという意味合いが強いものです。字形は、「心+艮(こん)」で、「艮」自体は「目+匕(ナイフ)」からなり、ナイフを突き刺して、目のふちに入れ墨をし、いつまでも痕を残すことを指します。

 夏目漱石の『吾輩は猫である』には、「昨日は一刻のひまを偸(ぬす)み、東風子にトチメンボーの御馳走を致さんと存じ候処、生憎(あいにく)材料払底の為め其意を果さず、遺憾千万に存候。……」(手紙の一節)として「遺憾千万」が出てきます。
 また、冒頭に近い場面では、「十四時間の出来事を洩れなく書いて、洩れなく読むには少なくも二十四時間かかるだろう、いくら写生文を鼓吹する吾輩でもこれは到底猫の企(くわだ)て及ぶべからざる芸当と自白せざるを得ない。従っていかに吾輩の主人が、二六時中精細なる描写に価する奇言奇行を弄するにも関らず逐一これを読者に報知するの能力と根気のないのははなはだ遺憾である。遺憾ではあるがやむを得ない。休養は猫といえども必要である。」と、我輩=猫の視点から主人に対するぼやきが述べられています。読者に主人の行動を読者に知らせる能力と根気がないのは「遺憾」だとしています。


 これらからいえば、「遺憾」ということばは、やはりそれほど重くないことばといえそうですが、最近の「遺憾」の語の氾濫によって、このことばが「重くない」から「軽い」ものになってしまったように感じます・・・。

posted by landmark at 01:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 四字熟語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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