2006年08月01日

易往易行

●61.易往易行(いおういぎょう)

【意味】容易な行法によって、極楽往生することができること。「易往」は、容易に往生することができること。「易行」は、容易な行法のこと。ここでは、阿弥陀仏にすがって、念仏をとなえることで、特に浄土教の「他力本願」の思想を指す。これに対するのが、「難行」で自力で悟りを得ようとすること。

※類義語
易往易修、易行易修

※対義語
難行苦行

※参考
 仏道の修行には難行と苦行がある、とするのは、既に竜樹の『十住毘婆沙』(易行品<いぎょうぼん>・九)にみられます。そこでは、「世間の道に難あり易あり。陸道の歩行は苦しく、水道の乗船はすなはち楽しきがごとし。菩薩の道もまたかくのごとし。菩薩の道もまたかくのごとし。」と、難行を陸路、苦行を船旅にたとえています。 
 少し時代が下って北魏の僧・曇鸞は、『往生論註』でこの『十住毘婆沙』を引用し、「謹んで案ずるに、龍樹菩薩の『十住毘婆沙』に云く、菩薩阿毘跋致を求めるに、二種の道有り。一には難行道、二には易行道なり。難行道とは、謂く五濁の世、無仏の時において、阿毘跋致を求めるを難とす。・・・易行道とは、謂くただ信仏の因縁を以て、浄土に生ぜんと願ずれば、仏の願力に乗じて、すなわち彼の清浄の土に往生することを得。仏力住持して、すなわち大乗正定の聚に入らしむ。正定はすなわちこれ阿毘跋致なり。譬えば水路の乗船はすなわち楽しきがごとし」としています。
 ここで、阿毘跋致とは、サンスクリット語のアビバッチを漢字に当てたもので、不退転を意味します。また、五濁は、五濁悪世(ごじょくあくせ)ということばとしても用いられます。この五濁については、「安楽浄土」の項で、書きましたので参照していただければ、と思います。
 このような仏道の修行では、むしろ易行が重要だ、とする他力本願の思想は、だいぶ後になりますが、親鸞の思想に影響を与えます。
 

 易往易行とは、特に浄土教でいわれる思想ですが、このように仏教語を基にしたものが多いのも、四字熟語の特徴です。

posted by landmark at 02:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 四字熟語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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