2006年07月28日

以夷制夷

●57.以夷制夷(いいせいい)

【意味】外敵を利用して他の外敵を制すること。他人の力を利用して自分に利するようにはかること。「夷」は、東方の未開の異民族のこと。古代中国では自らを民族文化の中心とする中華思想から、周辺の異民族を東夷(とうい)・西戎(せいじゅう)・北狄(ほくてき)・南蛮(なんばん)[これらを総称して「夷蛮戎狄(いばんじゅうてき)」という]と呼んで蔑視していた。東夷には、倭や朝鮮を、北狄には、匈奴や鮮卑などを含んでいた。総じて外敵を指す。

【出典】『後漢書』(とう訓伝/「とう」は登+おおざと)「議者咸以羌胡相攻,県官之利,以夷伐夷,不宜禁護」から。ここでは「以夷伐夷」(夷を以て夷を伐<う>つ)と表記されていた。

※「夷を以て夷を制す」と書き下して読むこともある。

※参考
 また、北宋の王安石の碑文には、「兵法所謂以夷攻夷」とあり、「以夷攻夷」(夷を以て夷を攻む)と表記されています。意味は「以夷制夷」とほとんど同じです。

 中華思想に関してはいくつか留意すべき点があります。「中華」とは、世界の中心にある最も華やいだ文明国の意味ですが、もともとは中原(黄河下流地域)以外の周辺国を文化水準の劣った国とみなし、中原(特に現在の河南省あたり)を「華」とした概念でした。また、中華の華はもともと古代の夏王朝の「夏」から「中夏」と表記されていました。
 中華思想は、かなり古くから20世紀の初頭まで中国社会のあらゆる側面を覆うものでしたが、これに類する概念は中国だけにとどまらず、歴史的には広く他の国々にもみられたものでした(もちろん中国が際立っていましたが)。また、中華と夷の区別は相対的なもので、中国の社会や文化に同化すれば、中華と認められたといわれています。


 「以夷制夷」は、政策、特に外交の面で使用されることが多いことばです。もともとは中国が周辺民族対策に用いた伝統的政策で、外敵同士を戦わせることで、自らは何もしなくとも外敵の圧力をそごうというものでした。現代では、「敵の敵は味方」ということばとあいまって非常によく知られたことばになりました。しかし、「敵」と「味方」とを厳然と区別することは外交の本来の姿にはあまりそぐわないものだとも思うのですが・・・。

posted by landmark at 00:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 四字熟語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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