2006年07月20日

安宅正路

●49.安宅正路(あんたくせいろ)

【意味】仁と義をたとえたもの。「安宅」は、安心して身をおくことのできる場所(家)のことで、仁のたとえ。「正路」は、正しい道のことで、義のたとえとして使われている。「仁」は、いつくしみや思いやりを指すことばで、「義」は、人として守るべき正しい道を指すことば。ともに儒家の道徳思想の中心概念である。

【出典】『孟子』(離婁<りろう>・上・第十章)の以下の一節から。
 「仁人之安宅也、義人之正路也。曠安宅而弗居、舍正路而不由、哀哉。」(仁は人の安宅なり。義は人の正路なり。安宅を曠<むな>しくして居<お>らず、正路を舎<す>てて由らず。哀しいかな。)
 「仁は、人が安心して身を置ける家であり、義は、人の踏むべき正しき道である。安全な住居を空にして住まず、正しき道を捨てて通らないのは残念なことだ。」という意味。

 この一節は「孟子曰、自暴者不可與有言也、自棄者不可與有為也。言非禮義、謂之自暴也、吾身不能居仁由義,謂之自棄也。」(孟子曰く、自ら暴<そこな>う者は、与<とも>に言うあるべからざるなり。自ら棄つる者は、与に為すあるべからざるなり。言、礼儀を非<そし>る、之を自ら暴うと謂い、吾が身仁に居り義に由ること能わずとす、之を自ら棄つると謂う。)に続くものです。
 意味は、「孟子が言われた。自ら自分を駄目にしてやけくそになっている人間とは、一緒に語り合うことはできない。自ら諦めてすてばちになっている人間とは、一緒に仕事はできない。発言によって礼儀を非難する者を自暴といって、自分のような身では仁や義を行うことはできないという者を自棄という。」というものです。
 また、ここから出たことばが「自暴自棄」です。よって、安宅正路は、孟子が「自暴自棄」になっている者は「安宅」を無にし、「正路」を通らないと嘆き、「安宅」や「正路」にたとえられる「仁」や「義」こそ大切なのだと主張したところから出たことになります。

 また、「安宅」と「正路」をそれぞれ「仁」と「義」になぞらえた表現は、『孟子』の他の部分にも見られます。
 公孫丑・上・第七章には、「夫仁天之尊爵也、人之安宅也」(夫<そ>れ仁は天の尊爵なり、人の安宅なり)と「仁」=「安宅」という図式がみられ、尽心・上・第三十三章には、「居悪在、仁是也、路悪在、義是也(居悪<いず>くにか在る、仁是なり、路悪くにか在る、義是なり」と述べられています。


 すべての人が互いを思いやり、また人の行うべき道を行うなら、世界はとても平和になるのでしょうが、いつの時代にも犯罪や戦争が起こるのは事実で、こればかりはなかなかうまくいきません。でも、それらが、たとえ防ぐことができないにしても、一人一人が、相手のことを尊重しようと努めることは決して無駄ではないし、意味のあるものだと思うのです。
posted by landmark at 00:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 四字熟語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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