2006年07月17日

按図索驥

●46.按図索驥(あんずさくき)

【意味】理論ばかりに頼って実際には役に立たない意見のこと。「按」は、調べる。「索」は、「捜索」で使われる「索」で、探し求めること。「驥」は、一日に千里を走るという優れた馬のこと。

【出典】『漢書』(梅福伝)「今不循伯者之道、乃欲以三代選挙之法取当時之士、犹察伯楽之図求騏驥于市、而不可得、亦已明矣。」より。
 有名な相馬師(馬の良否をという判断する人)だった伯楽は、その晩年に『相馬経』という本を著した。その息子は、馬にも乗ったことがなかったにもかかわらず、父の書を頼りに、馬を見極めようとしたという故事から。上記は、そんなことをしても結局は得られないのが明白だ、としています。

※類義語
按図索駿(あんずさくしゅん)

※「図を按じて驥を索(もと)む」と書き下して読むこともある。

※参考
 「驥」については、『論語』にも「驥不称其力、称其徳也」(驥はその力を称せず、その徳を称するなり)「優れた名馬はその力をほめられるのではなく、その徳<性質の良さ>をほめられるのだ」として見られるように、古来より価値のあるものでした。
 汗血馬(かんけつば)もほぼ同じものです。汗血馬で知られる故事としては、前漢の武帝の時代に、西域へ使わされた張騫(ちょうけん)が、大宛(フェルガナ)にこの名馬がある、ということを報告した場面です。このときは、結局得られませんでしたが、後に李広利(りこうり)が、この地から汗血馬を持ってくると、武帝は非常に喜び、「汗血馬こそが天馬」だと賞賛したとされます。

 伯楽は、馬の良否を見分けるのにとても長けた人だったので、そこから、「名伯楽」というように「伯楽」といえば、人物を見抜く眼力のある人をも指すようになりました。
 『相馬経』は、従来伝わっていませんでしたが、1973年に馬王堆墳墓から、それとみられるものが出土されました。芥川龍之介の「馬の脚」という作品には、「わたしは馬政紀(ばせいき)、馬記(ばき)、元享療牛馬駝集(げんきょうりょうぎゅうばだしゅう)、伯楽相馬経(はくらくそうばきょう)等の諸書に従い、彼の脚の興奮したのはこう言うためだったと確信している。」として出てきます。
 主人公忍野半三郎(おしのはんざぶろう)は、ある日突然倒れ、生命を失いましたが、本人は何も死んだという意識がない。足だけが腐っているということが分かったのですが、緊急ゆえ、どうすることもできず馬の脚で代替させられます。その後、半三郎は復活し、意識が戻ったのですが、馬の脚は戻らない。ある日、突然半三郎の脚が躍りだしたのですが、この理由を筆者が代弁して探求するくだりが上の部分です。なんとも不思議な話ですが・・・。


 この四字熟語は、上記のようにもともとは馬から生まれたものです。四字熟語や慣用句には、生き物を素材にした表現が多くありますが、それは私たちが知らずと自然に眼を向けてきたという事実の表れなのかもしれません。

posted by landmark at 02:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 四字熟語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。