2006年01月24日

我を非として当う者は吾が師なり

○4.我を非として当う(むかう)者は吾が師なり

【意味】自分の欠点を批判しながら付き合ってくれる人は、すべて先生と思わなければならないということ。「当う」とは、「しっかりと相手に向かうこと」を指す。

【出典】『荀子』脩身篇
「非我而當者吾師也」
 この後に「是我而当者吾友也。諂諛我者吾賊也。」(我を是として当る者は吾が友なり。我に諂諛<てんゆ>する者は吾が賊なり。)ということばが続く。

※参考
修身
 自分の行いを正し、身をおさめととのえること。孔子以下、儒家の基本的思想を的確に表した「修身斉家(せいか)治国平天下(へいてんか)」(『大学』)にもこのことばが現れている。

 世の中、生きて行く中で多くの人に会いますが、最終的に行動するのは自分以外にはないです。それだからこそしっかりと批判してくれる人が求められるのでしょう。自分のために意見してくれる人を大切にして、こちらもそのことばを受け入れる度量の広さが求められているのかもしれません。
posted by landmark at 13:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 慣用句・ことわざ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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